回答

〇ローズ宅・駄菓子屋(昼)

   ローズが、駄菓子屋のカウンターに座っている。駄菓子屋の中は、複数の子供がたむろしている。駄菓子を握りしめて、代金を差し出す子供に笑顔を見せながら、実は、上の空のローズ。

 店の前を、犬の散歩をしている女子大生(庭師と同じ顔)が、通り過ぎる。


(庭師):

「ローズさんは、考えていました。先日の放送の時に、答えてあげられなかった質問についてです。しかも、聞けばデイジーさんのお友達のお悩みであるとのこと。もちろん、ローズさんに特別扱いをするおつもりなどはありませんが、そんなことは関係なく、なんとか答えてあげたいと思っているのです。とはいえ、本当の相手はローズさんより、ずっと年齢が上の女性の心理です。ローズさんは、ご自身の経験、想像力で答えが出せるか、あまり自信がありませんでした」


ローズ:

「(上の空で)

 老い、か……」


(庭師):

「ローズさんも、考えたことがないわけではありません。というより、この問題は、ローズさんにとっても生涯のテーマの一つとも言えるものなのです。一見、お年寄りの気まぐれとも取れる発言に、お孫さんが悩まされているだけのようにも見えるこの問題は、社会的にも重要なテーマである尊厳死に関わることなのです。もちろん、尊厳死についてローズさんがどう考えているかという問題でもありません。人一人の意思を尊重するか、その家族の感情をどう考えるかという、極めて微妙な問題なのです。ローズさんは、ご自身にとっても、いつかはぶつからなければいけないテーマだと思っていました。そして、いつかはこういうことに仕事でもあたるかもしれないという予感のようなものもありました。しかし、いざ直面してみると、単純とも言える問題なだけに、回答を導き出すことができないでいました」


ローズの心の声:

「自分の事なら何とでも言えるけどねぇ……。ああ違う、デイジーの感情の問題があるじゃないの……」


(庭師):

「ご自身は、生きるも死ぬも好きに選択すればいいのかもしれません。しかし、ご家族のお気持ちはどうなるのでしょう?」


ローズの心の声:

「円ちゃんの気持ちも、お婆様のお気持ちも、どちらも理解できると思う。なんとかお二人の気持ちに応えてあげたいけど……」


〇ローズ宅・ダイニング(夕)

   ローズとデイジーが、食卓を挟んで座っている。ローズは、ほとんど上の空で食事をしている。


(庭師):

「駄菓子屋さんが閉店した後も、ローズさんは、ほとんど上の空で、デイジーさんの作ってくれたお夕食を食べました。デイジーさんが、気を利かせて入れてくれた食後のコーヒーをすすりながら、まだ思索の迷宮から抜け出せないでいたのです。

 こういう時、いつものデイジーさんなら、ローズさんをそっとしておいて、ローズさんが考えたいだけ考えさせているのですが、今回に関しては、なんとか力になれないかと、気をもんでいました。何しろ、ご自身がローズさんに向けてしまった問題なのです」


〇ローズ宅・リビング(夕)

   コーヒーをすするローズを、ハラハラした様子で見つめているデイジー。


デイジーの心の声:

「ママならなんとかしちゃうだろうって、思ってただけなんだけどな……」


(庭師):

「デイジーさんにしてみれば、どんなに難しい問題でも、ローズさんなら何とかしてくれるだろうという楽観的な考えから、無責任にも近い形でローズさんに振ってしまった問題であるだけに、ここまでローズさんが思索に沈んでしまっている状況に責任を感じていました」


デイジー:

「(不安げな顔で)

 ごめんね」


ローズ:

「ん? ああ、何?」


デイジー:

「(うつむいて)

 こんなにママが困るなんて、思わなかったから……」


ローズ:

「あら、まあ、確かに困ってるかもしれないけど、辛いわけじゃないから大丈夫よ」


デイジー:

「でも、難しくて、ずっと考えててもわからないんでしょ?」


ローズ:

「そーねぇ。でも、デイジーが友達の為に何とかしてあげたいって気持ちは素敵だと思うし、あたしを頼りにしてくれたのは嬉しいよ」


デイジー:

「(不安げな顔を上げて)

 ほんと?」


ローズ:

「(にっこり笑って)

 ええ、本当。んまぁ、ちょっと気分転換も必要かもね。煮詰まってるのは確かだわ」


デイジー:

「そういえばさ、もうすぐ、あたしがここに来た記念日の日だよね」


ローズ:

「あら、本当。うっかりしてた」


(庭師):

「ローズさんが、デイジーさんを引き取って、初めてこのお家に来た日を、お二人は記念日として毎年祝っておられるのです。言わば、デイジーさんにとって、第二の誕生日のようなものなのですね」


ローズ:

「早いもんね。もう4年になるのね」


デイジー:

「あたしは、施設にいた頃の事、あんまり覚えてないんだけど、この家に来た時の事は、結構覚えてるんだよね」


ローズ:

「うん。あたしもよく覚えてる。まだデイジーって呼ぶ前の頃ね」


デイジー:

「(笑顔で)

 施設の人が連れてきてくれて、初めてママに会った時は、すごく緊張したよ」


ローズ:

「(くすくす笑って)

 あたしも、デイジーが、ちゃんとあたしを受け入れてくれるかとか、嫌われたらどうしようとか、色々考えて緊張してた」


(庭師):

「お二人で、くすくす笑ってお顔を見合わせながら、毎年同じことを言って、当時を振り返るのが、儀式のようになっているのです」


デイジー:

「(突然声を上げて)

 あ、ねぇ!」


ローズ:

「ん? 何、どうしたの?」


デイジー:

「円ちゃんもさ、おばあちゃんと、色々記念日とか作ったらいいんじゃないかな」


ローズ:

「記念日?」


デイジー:

「うん。お誕生日とかの他に、初めて一緒にお出かけした日とか、初めて一緒にケーキを作ったりした日とか、カレンダーにたくさん記念日があったら、記念日が楽しみで、円ちゃんのおばあちゃんも、ずっと円ちゃんと一緒にいたいって思ってくれるようになるんじゃないかな」


ローズの心の声:

「(ハッとしたように)

 なんと……」


(庭師):

「ローズさんにとっては、全く別の方向からのアプローチでした」


ローズ:

「そうか、円ちゃんと、もっと一緒にいたいって、お婆様に思っていただければいいのね。素敵!」


デイジー:

「(満面の笑顔で)

 よかった! ママ元気になった!」


ローズ:

「ありがとね、デイジー

 (デイジーを抱きしめる)」

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