難題

〇ラジオ局・ミキサー室(夜)

   ラジオ局にて、ミッドナイト・フラワーガーデンの本番が始まるところ。防音室とはガラスで仕切られた部屋で、アシスタントディレクターの女性(庭師と同じ顔)が、モニタに表示されたタイムテーブルを眺めている。


(アシスタントディレクター):

「本番1分前です」


〇ラジオ局・防音室(夜)

   リリーとローズが、向かい合って座っている。リリーが、マイクに向かって話しだす。


リリー:

「真夜中の花園へようこそ! ミッドナイト・フラワーガーデン!

 ラジオをお聞きの皆様、こんばんわ。人呼んでシャンハイ・リリーこと、リリーよ! 今夜のお相手もいつもの通り! この私と……」


ローズ:

「ローズです。人呼んでトウキョウ・ローズよ、こんばんわ、今夜もよろしくね」


(庭師):

「いつもの通り、ミッドナイト・フラワーガーデンの番組が始まりました。リクエストの曲をいくつかかけ、これまたいつもの通り、ローズさんの選んだ曲をかけてから、リスナーからのメールを読むコーナーになりました」


リリー:

「それでは、今晩も皆様からいただいたお便りをご紹介しますね! まず最初は、こちら、東京都の円ちゃん。リリーさん、ローズさん、こんばんわ! (こんばんわ!)実は、ちょっとご相談があるんです。私のおばあちゃんなんですけど、最近、ちょっと変なことを言うようになってきたんです。自分はもう十分に生きたから、皆に迷惑をかける前に早く死にたいって……。私、おばあちゃんが大好きだから、早くになんて亡くなって欲しくないんです。でもおばあちゃん、そう言っても笑ってばかりで、考えを変えてくれなくて。私、どうしたらいいでしょう?」


(庭師):

「メールの内容を読んで、ローズさんの顔が、少し深刻になりました。気配を察して、リリーさんがローズさんへ振ります」


リリー:

「まぁ、大好きなおばあちゃんに、亡くなって欲しくなんてないよね? いつまでも元気でいて欲しいっていう気持ち、私にもわかるよ。私もおばあちゃん子だったし。

 ローズ? あんたはどうだった?」


ローズ:

「うちは、おばあちゃんも早くに亡くなってたの。おじいちゃんは、フラフラしてたけど、あまり接触がなかったかな。まだあたしの中身が女だって皆に言う前だったけど、もしかしてお爺ちゃんは察してたのかもしれない。私とは距離を置いてたのかも。それでも、早くに亡くなって欲しいなんて思わなかったよ」


リリー:

「そりゃ、そうでしょ。でもこのお便りをくださった女の子のお話、結構難しいんじゃないかしら……」


ローズ:

「そうなの、難しいね。どうしたものかな……」


リリー:

「ちょっと、ローズ? 冗談じゃないのよ?」


ローズ:

「あたしもよ。ちょっと、リリー~……。あんた、このお話がどれだけ難しいかって、わかってる?」


(庭師):

「番組を離れれば、二人が噛み付き合うなんてことは、しょっちゅうなのですが、番組中にローズさんが噛み付いてくるのは、初めてのことです。どうやら、ローズさんにとって、本当に難しい問題なのです。やっとローズさんが言いいます」


ローズ:

「ごめんなさいね、円ちゃん。保留させてくださいな。できるだけ早く、このご相談の答えをお伝えできるように考えますね」


リリー:

「あらあ、珍しいこと。円さん、ローズが白旗を上げるなんて、滅多にないんですよ。このレアっぷりに免じて、どうかお許しくださいな。

 それではひとまず、リクエストいただいた曲のご紹介いきまーす!」


(庭師):

「曲が流れている間、ちょっとリリーさんとローズさんで、相談をしました。ローズさんは、簡単な問題ではないし、デリケートな問題だから、次の放送まで答えることはできないだろうとリリーさんに白状しました。滅多に弱みを見せないローズさんの白旗を、リリーさんは尊重することにしました。

 曲が終わったので、リリーさんが喋りだします」


リリー:

「お送りしたのは、白鳥英美子さんバージョンのアメージング・グレースよ。本当、この方の歌声は、天使のようよね!」


(庭師):

「リリーさんが、先の話について、切り出します」


リリー:

「先ほどメールをお送りくださった円ちゃん、ローズは相当悩んでいます。次回、またお話させていただくので、もうちょっとだけお時間をくださいな。次回には、お答えをご紹介するようにいたしますから」


(庭師):

「ローズさんがリリーさんの方に向き直って、悪い、という仕草をします。リリーさんは声に出さず、手をひらひらさせて『ドンマイ』と答えました。

 ラジオはゆっくりと続いていきます」


〇ローズ宅・ダイニング(朝)

   翌朝のローズ宅、ローズとデイジーが、食卓で朝食を食べている。


(庭師):

「翌朝、デイジーさんが、ローズさんに前日のラジオのメールについて、話しだしました」


デイジー:

「あのね、ママ。昨日のメールの円ちゃん、あたしの友達なの」


ローズ:

「あら! 世界は意外に狭いのね」


デイジー:

「ラジオでママが話してたことなんだけど、こないだ、学校であたしたちに話してくれたの。でも答えられなかったから、メールでママに相談してみたら? って、言ってあげたの」


ローズ:

「なんとまあ、そうだったのね」


デイジー:

「(恐る恐ると言った様子で)

 そんなに難しい?」


ローズ:

「(にっこり笑って)

 いーのよ、手に負えないことには、周りの大人を頼りなさいな」


(庭師):

「とは言え、ローズさんは、まだ考えが纏まりません。ローズさんだって悩むことはあるのです。さて、円さんは、大好きなおばあちゃんになんと言って差し上げたらいいのでしょう?」

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