テレパシー

〇ローズ宅・駄菓子屋の前(夕)

   夕方のローズ宅、駄菓子屋の閉店時間になったので、シャッターを閉めているローズ。閉めたシャッターの前をロードワーク中の運動部の女子学生たちが通り過ぎる。その中に庭師と同じ顔の生徒が混じっている。


〇ローズ宅・キッチン(夕)

   ローズがキッチンに入って、前日に買い込んだ材料を広げている。


(庭師):

「今日はローズさんが台所に立っていますね。ローズさんは、久しぶりにガパオが食べたくなったので、材料を買ってきていたのです。ローズ流ガパオは、人参と玉ねぎ、ピーマンのみじん切りが入ります。バジルはできるだけ生を使います。刻み唐辛子は、少々多め。

 ローズさんが鼻歌を歌いながら玉ねぎを刻んでいると、後ろからデイジーさんが声をかけてきました」


デイジー:

「ねえ、ママ」


ローズ:

「なぁに?」


デイジー:

「ママは、テレパシーって信じる?」


ローズ:

「信じるよ」


デイジー:

「本当?」


ローズ:

「ええ、本当。何かあったの?」


デイジー:

「大したことないんだけど、今日ね……」


〇デイジーの学校・教室(昼)

   デイジーの回想、授業中にデイジーと璃々が、リグナルでメッセージをやりとりしている。


(庭師):

「授業中、リグナルでデイジーさんと璃々さんが、メッセージをやり取りしていました。

(一つ、咳払いをして)

 非推奨な行為と言えますね。

 璃々さんが、シャーペンの芯の替えがないか聞いてきたので、デイジーさんがあると答え、先生の見ていないところでこっそり渡そうとした時、いきなり先生が振り返ったので、デイジーさんは、びっくりして芯のケースを落としてしまったのです。

 その時、『あ!』という璃々さんの声が聞こえたように感じたのですが、後から思い返してみると、それは耳で聞こえた声ではなかったのです」


   授業が終わった後の休み時間、デイジーが、璃々に授業中の状況を聞いている。


デイジー:

「あの時、璃々が、『あ!』って言ったような気がしたんだけど……」


璃々:

「んー、どうかな、とっさのことだったし、よくわかんないな……」


〇ローズ宅・キッチン(夕)

   ローズが、デイジーと話しながら、ガパオを作っている。


(庭師):

「デイジーさんが思い返してみると、視線を感じて振り返ってみれば、こちらを向いている知らない子と目があったりということがあることなどを思い出しました。これがテレパシーというものか? と思い至ったのだというのです。

 ローズさんは、ガパオを作りながら、お話を続けます」


ローズ:

「あら、そうなの。私はあると思っているし、割としょっちゅう、デイジーの声も聞こえてきてると思ってるよ」


デイジー:

「そうなの? そんな話、したことなかったのに」


ローズ:

「んー、あまりはっきりさせたくなかったのかも。こういうことは、自分で信じていればいいと思ってるところがあるかもね」


(庭師):

「ローズさんは、デイジーさんが、まだこのお家に来たばかりの頃のことを話しだしました」


ローズ:

「あんたがまだこの家に来たばかりの頃かな、あんたが寝ている間に買い物を済ませてしまおうと出かけた時、なんとなく、寂しがって泣いてる気がしたのね。急いで帰ってみたら、案の定、目を覚まして泣いてたのよ。それからは、出かける時には、できるだけ一緒に連れて出るようにしたの」


デイジー:

「それだけ?」


ローズ:

「今でも、ご機嫌だったり、落ち込んでたりすると、なんとなくわかるかな。顔を見なくてもね。

 (少し肩をすくめて)

 そう思い込んでるだけかもしれないけど」


デイジー:

「そうなんだ……。なんだかちょっと嬉しいな」


ローズ:

「そうね。ご家族で暮らしていれば、どこのご家庭でもある程度はそういうの、あるんじゃないかな。みんな口に出さないだけで」


デイジー:

「なんで、口に出して言わないの?」


ローズ:

「うーん、特に理由はないのかもしれないけど、証明が難しいのと、なんとなくロマンチックだから、はっきりさせて、もしないとわかったりするのが嫌なのかもしれないね。私もできれば、あると信じていたい方だから、そう思うかな」


デイジー:

「うーん、そうかー」


ローズ:

「あとね、好きな人の気持ちがわかるのは嬉しいけど、それができる人とできない人がいるとすると、できない人は寂しいと思うんじゃないかな。だから、あるにしろ、ないにしろ、あまりはっきりしてなければ、どっちでも好きな方で考えておけるでしょ?」


(庭師):

「確かに、好きな人の気持ちが伝わってこない時、テレパシーなんてないんだ、と考えれば、気持ちは楽なのかもしれないですね」


ローズ:

「(苦笑いしながら)

 それに、好きでもない人の考えが伝わってきているとか、考えるのも嫌じゃない?」


デイジーの心の声:

「そうか、テレパシーも、あれば素敵なことばっかりじゃないのか……」


(庭師):

「リグナルでのやりとりなら、覚えれば誰とでもできますが、テレパシーとなるとそうもいきません」


デイジーの心の声:

「好きな人の気持ちが知りたいのに、気持ちが伝わってこないのは、確かに辛い気がする……」


   ガパオを作る手を止めずに、デイジーの方をちらっと見て、微笑むローズ。


(庭師):

「ローズさんは、ガパオライスに乗せる目玉焼きを作りながら、デイジーさんの思考が、以前聞いた永遠さんに向いているのを感じ取って、微笑ましく思うのでした」

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