リグナル

〇デイジーの学校・教室(昼)

   学校の下校時刻、教室に残ってデイジー達がお喋りをしている。部活に向かうらしいジャージ姿の男子生徒(庭師と同じ顔)が4人の前を通り過ぎた。


璃々:

「ねえ、あたしたちだけがわかるハンドシグナル考えない?」


(庭師):

「璃々さんが突然言い出しました。聞きなれない単語に残りの3人が顔を見合わせます」


デイジー:

「ハンドシグナルって何?」


璃々:

「お母さんが珍しく戦争の映画なんか見てたんだけど、兵隊さん達が敵に気づかれないように、声に出さずに手の動作だけで仲間同士の連絡をするときに使うの」


美咲:

「(顔を輝かせて)

 うわー! 面白そう!! やるやる!」


デイジー:

「でも戦争とかでもないのに使うかなー?」


璃々:

「んふふ、結構便利だと思うよ。例えばね……、

 (ひそひそ声になって)

 授業中とかにちょっと連絡取り合ったりできちゃうんだよ」


デイジー:

「(つられて、ひそひそ声になる)

 え、それはカンニングとかってこと?」


璃々:

「(元の大きさの声に戻って)

 違う違う! そういうんでなくても、この後すぐに外出たいから準備しといてとか、消しゴム貸してとか。後は離れたところにいても、手元だけ見えれば大きな声をださないでもちょっとしたやりとりができるの、楽しそうじゃない?」


(庭師):

「璃々さんはこういう、ともすると陰謀めいたことが大好きなのです」


美咲:

「やるやる! 絶対楽しいってば!」


(庭師):

「仲間内での内緒事などは美咲さんが好きな分野ですね」


円:

「ちょっとわくわくするね」


(庭師):

「珍しく円さんも興味深々です」


デイジー:

「考えるのはいいけど難しそうだね」


璃々:

「うん。いきなり難しいのは無理だけど、簡単なのから初めて少しずつ難しくしてけばいいんじゃないかな」


(庭師):

「ある程度は考えてきたらしい、璃々さんが説明します」


璃々:

「例えばね、自分のことを指すときは指を自分に向けるの。相手のことを指すときは相手を指すのよ

 (人差し指を、親指とくっつけたり離したりしながら)

 こうした時は一緒に何かするとか、それに実際にすることのサインを組み合わせて……、

 (指で自分とデイジーとを交互に指しながら、くっつけたり回したりしてメッセージにしていく)

 これで、"これから"、"あなたと""私で"、"ダンス""しましょう" とかって意味になるの」


(庭師):

「一瞬、ポカンとする璃々さん以外の3人。そして声を揃えて言います」


デイジー/美咲/円:

「すごい! これでお話できたら楽しそう!!!」


璃々:

「(ニカっと笑って)

 ね? 手話みたいに複雑なのは無理だけど、簡単なのなら結構出来ると思うんだ」


美咲:

「でもどうせならこの4人でしかわからないようにしたいな……」


デイジー:

「4人でしかわからないようにって?」


美咲:

「んー。自分とかあなたとかっていう時に、ただ指を指すだけじゃ他の人が見たらわかっちゃうかなって……」


(庭師):

「美咲さんはどうしても秘密めかしたいらしいですね」


璃々:

「そーだね。どうせならあんまり難しくなりすぎない程度に謎めかした方が面白いかもね」


(庭師):

「璃々さんが乗ってきます。詳しい話は一旦それぞれが家に帰ってから色々考えて、続きはまた明日話す事にしました。

 それから二週間後、4人の好みを反映して秘密のハンドシグナルの原型が完成しました。ハンドシグナルは発案者の璃々さんの名前とシグナルを組み合わせて、リグナルと名付けられました。発信しやすいように全て片手でメッセージを送れるように考えました。美咲さんなどは中々覚えられずに四苦八苦しておられましたが、なんとかついていきました。意外にも一番アイデアを出したのは円さんでした」


〇デイジーの学校・教室(昼)

   休み時間、円が自分の考えを他の3人に説明している。


円:

「主語とか述語って感じで、単語をリストにするといいんじゃないかな……」


(庭師):

「しばらくは休み時間、授業中などを問わず、謎めいた片手の仕草に熱中する4人の姿がありました。授業中でもリグナルに熱中してしまうことは、先生に見つかりそうになって円さんあたりが危機感を感じるようになるまで続いたのでした」

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