雅之

〇場所不明・暗闇(時刻不明)

   庭師が立っている。こちらに向かって、軽く会釈してから話し始める。


(庭師):

「博之くんのお兄さん、雅之さんは、実は、ローズさんが同棲していた慶次さんの後輩です。小さいころから、器用で頭がよく、何をやらせても卒というものがない方でした。一般的に、小学校、中等学校と学年があがるにつれ、学校での勉強だけでは足りずに、家での勉強が必要になってくるものですが、この雅之少年は、授業をちゃんと聞いて、家で復習、そしてできるだけ予習するという、地味な努力が苦にならない、絵にかいたような優等生でした。そのせいか、中学校に入るまで、ほとんど苦労を知らずに過ごし、影というものが、まるでない少年でした」


〇雅之の家・門の前(昼)

   雅之が、叔父から、テストの点数を褒められている。


雅之 :

「(作り笑顔を浮かべて)

 いえ、そんな、大したことないですよ」


(庭師):

「目立つことは好きではなかったので、学年のトップを目指すほどの努力はしませんが、周りの大人達の目に映るご自身の状態が、かなりシビアにご自身の行動に影響することと、早い段階から学んでいたので、 『卒なく』見える為に必要な最低限の勉強だけをして、後は適当に周りにあわせて遊んだりしていましたが、特に熱中できるものもなく、どこか飄々としたところがありました」


〇学校・教室(夕)

   学校の友達と話し込んでいる雅之。


雅之 :

「将来の夢? さあ、なんだろうね……、別になんでもいいかな」


(庭師):

「そんな折、塾にも通っていない雅之さんが、クラスメイトとの雑談が長引いて、ちょっと遅めの下校をしようとしていた時、グラウンドで部活に熱中している、ある少年の姿に、目が釘付けになりました」


〇学校・グラウンド(夕)

   ユニフォーム姿の慶次が、チームメイト(庭師と同じ顔)に向かって叫び声をあげている。


慶次:

「こっちだ! パス! パス! おっそい!!」


(庭師):

「その少年は、サッカー部で、3対3のミニゲームをしていたのですが、明らかに他のメンバーよりプレイのレベルが高く、相手側のチームを圧倒していました。大柄な体躯、手足が長く、エネルギッシュに立ち回るその様は、軽やかな印象さえありました。少々長めになっている髪をたなびかせ、汗まみれになりながら、ハードな練習中の筈なのに、眩しい程の笑顔を見せてプレイしていたのです。慶次さんの部活中の姿でした。周囲から認められ、部活にのめり込んでいっている時期の事です。雅之さんは、しばらく立ち尽くして、慶次さんの姿を目で追いました。立ち尽くすうち、いつの間にか、小一時間ほどにもなっていました。

 その内、雅之さんの姿が慶次さんの目に留まりました。見ない顔だけど、どうもしばらく部活を見ているところを見ると、まんざらサッカーが嫌いでもないらしいと思いました」


   慶次が、雅之の方に駆け寄ってくる。


慶次 :

「(ニカッと笑って)

 おう、さっきから見てるけど、サッカー好きかよ?」


(庭師):

「地は、面倒見のいい慶次さんです。サッカーが楽しくてしょうがないと思っていた時期でもあり、好きなら見ているだけじゃつまらんだろうと思って、雅之さんに声をかけました。一方、雅之さんは、思いかけずに話しかけられて、心臓が口から飛び出るほど驚きました」


雅之:

「(動揺を隠しつつ)

 え、ああ、はい。ちゃんとやったことないけど、楽しそうですね」


慶次:

「おう! いいよ、サッカー! お前も好きなら部に入れよ。部員はいつでも募集してるみたいだからさ」


(庭師):

「雅之さんは、あまりに願ったりな誘いだったので、逆に気後れしました」


雅之:

「ん、でも俺ちゃんとできるかわからないし……、足引っ張っちゃったりしちゃ悪いし……」


慶次:

「いーんだよ! やれるだけやりゃ、それ以上、ああだこうだ言う奴なんていないって! 嫌なら辞めりゃいいじゃん、やってみなよ?」


雅之の心の声:

「俺から言ったんじゃない……、向こうから誘ってきたんだし……」


雅之:

「わかりました。んじゃ、入ってみます!」


慶次:

「おう! じゃあ、こっちこいよ、部長に紹介するから!」


(庭師):

「一目で強烈に惹きつけられ、思いもかけない向こうからの誘いで、飛び込むことができました。勿論、サッカーのことではなくて、慶次さんのことです

 一目惚れでした」

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