思い出話①
〇ローズ宅・駄菓子屋の前(朝)
デイジーがローズ宅から登校していくのが見える。急いでいるのか、小走りに走っている。腕時計を見ながら歩いているOL風の女性(庭師と同じ顔)を追い越していった。
〇ローズ宅・宅内(朝)
ローズが部屋に掃除機をかけたり洗濯をしたりしている。
(庭師):
「ローズさんが、いつもの通りデイジーさんを学校に送り出してから、お店を開ける前に掃除やら、洗濯やら、その他の細々としたことを片付けていらっしゃいます。ご飯は大抵デイジーさんが作ってくれるので、とても楽をしていると思っています。今日は家事を一通りしてからお店を開ける迄に大分時間があったので、コーヒーを淹れて一休みすることにしました」
〇ローズ宅・ローズの部屋(朝)
ローズが自分の部屋で窓際のそばに袖机を運んでいる。袖机にコーヒーと灰皿をおいてから窓の
(庭師):
「ゆっくりとタバコの煙を吸い込みながら、今日は慶次さんと出会った頃のことを思い出していました。この間リリーさんと慶次さんの話をしたからでしょうか」
〇ラジオ局・休憩室(夜)
ローズの回想。ローズとリリーが休憩室で話をしている。
リリー:
「慶次にも会わせてみたかったな……」
〇場所不明・暗闇(時刻不明)
庭師が立っている。こちらに向かって話している。
(庭師):
「ローズさんが慶次さんと出会ったのは、もう8年も前のことになります。デイジーさんを引き取るずっと以前のお話ですね。ローズさんはまだ10代で、家を飛び出して東京の繁華街界隈で浮浪児のような生活をしておられました。生家ではずっと男の子として優等生でいたのですが、女性として生きたいという気持ちを抑えきれず、お父様と乳母の方(綾さんと仰います)にご相談をしたのです。しかし結局お父様のご理解を得ることができなかったのですね」
〇8年前、ローズの実家(夜)
客間の外でローズの姉たちが心配そうな顔で客間を覗き込もうとしている。客間にはローズと、座卓を挟んでローズの父親、綾が座っている。
ローズ:
「実は僕、これからは女性として生きていきたいんです。どうか認めていただけませんか……」
ローズの父:
「(驚いた様子で)
何を馬鹿なことを……。本気で言っているのか、お前?」
ローズ:
「(沈痛な表情で)
……はい」
ローズの父:
「(動揺した様子になって)
そうか……」
綾:
「(心配顔で)
坊ちゃま……」
ローズの姉たちが顔を見合わせておろおろしている。
(庭師):
「ローズさんのご生家は大きなお家で、その地方では名家と言われているということもあり、ご家族の方々にはとても格式を重んじるところがありました。ローズさんのご家族は綾さんを含め、ローズさんの告白にとても驚きましたが、ローズさんを邪険に扱ったりはしませんでした。しかし明らかにご家族の態度は変わっていました。腫れ物に触るとでもいうのでしょうか。実際のところ、どう接して良いかわからなかったのでしょう」
ローズの父親が綾の襟首をつかんで引き倒し、怒声を上げている。
ローズの父:
「(激高して)
お前が……、お前の育て方がまずかったのだ! お前の育て方が!!」
綾:
「(泣きながら)
お許しください、旦那様……。でもどうか、どうか坊ちゃまのお気持ちを……」
ローズの父:
「うるさい! うるさい!」
(庭師):
「何度か、ローズさんのお父様が綾さんをなじる声が耳に入りました。お母様は早くに亡くなっていたので、ローズさんたちは綾さんに育てられたのですが、綾さんの育て方が悪いせいでご長男のローズさんが女性的になってしまったという理屈でした。実際は上にお姉様がお二人いらしたこともあり、女性的なものに触れていくうちに、ご自身の中の女性的な部分を育てることになったのだと、ローズさんご自身は分析しました。生来のものもあったのでしょう。
ローズさんは自分に対する扱いが変わるのは我慢ができました。お父様にご相談する前から予想できたことだったからです。しかしご自身のせいで大好きな綾さんがなじられるのは、とても辛いことでした」
ローズの父親が綾に怒声を上げている。
ローズの父:
「お前が……、お前のせいで……」
倒れ伏して泣いている綾。
綾:
「お許しください。でもどうか……」
(庭師):
「何度目か、お父様が乳母の方をなじる声を聞いたとき、たまらずローズさんは家を飛び出していました。優等生だったローズさんはお父様や親戚の方々からもらっていたお小遣いを随分と貯めていらしたので、それを纏めて懐に入れ、電車に乗って生まれた街を離れました」
〇駅・切符売り場(夜)
ローズの実家近くの駅でローズが路線図を眺めている。
ローズ:
「どこへ行くのがいいかな……。やっぱり東京とかかな……」
(庭師):
「電車の行き先は、なんとなく東京を目指していました。人が集まるところならなんとか生きていけるのではないかと、漠然と考えたのです。一人での長旅は初めてでしたが、どうにかこうにか東京に着きました。しかし当然どうやって生活して良いかなどわかりませんでした」
〇繁華街(夜)
東京の大きな駅近くの繁華街で、人込みの中をローズがきょろきょろしながら歩いている。
ローズ:
「漫画喫茶っていうのはどこだろう……」
(庭師):
「以前から、人づてに漫画喫茶と言うところは比較的安い金額で宿泊できると聞いたことがあったので、初めのうちは、なんとか探し当てた漫画喫茶を泊り歩いていましたが、持ち金が底をつきそうだったので、寝泊りは他のホームレスに混じって駅の構内でするようになりました。洗濯も極力控えていたので匂いが気になりましたが、そのうちに慣れてしまいました。なんとか働こうかとも思いましたが、宿無しの未成年が働けるようなところを見つけることは難しかったのです」
〇駅近くのガード下(夜)
ローズが残りわずかとなった持ち金を握りしめている。帰宅するところらしい、酔っぱらった様子のサラリーマン(庭師と同じ顔)がその近くを通り過ぎる。
ローズ:
「まずいな……。なんとか働けるところを探さないと……」
(庭師):
「やがて持ち金がそこを尽きました。ローズさんがこのまま野良犬のように死んでいくのかと絶望した頃、慶次さんと出会ったのです」
〇駅近くのガード下(夜)
空腹を抱えながら座り込んで、ぼうっとしているローズ。慶次がそれを見つけて声をかける。
慶次:
「随分可愛らしいホームレスだな。いくつよ?」
ローズの心の声:
「(身構えて)
女の子を買うつもりの人かな……」
ローズ:
「俺は男だよ、お生憎様」
慶次:
「男だろうが女だろうが、まだ子供じゃないか。親御さんはいないのか?」
ローズ:
「あんただって大して大人でもないじゃないか、大きなお世話だよ」
(庭師):
「ローズさんは本能的に弱みをみせないように身構えました」
慶次:
「なんだよ、親御さんいないのか。それじゃあ困ってるだろう。うちに来ないか? 飯くらい食わせてやる」
(庭師):
「ローズさんの警戒する気持ちと、ご飯を食べたい気持ちが交錯しました。しかしすぐに警戒する気持ちが負けます。どうせ死ぬのなら、どうなっても変わりがないと思ったのです」
ローズ:
「行く」
慶次:
「よし。その代わりあんまりいいものが食えるとは思わないでくれ。まだ料理は勉強中なんでな
(屈託のない顔で笑う)」
ローズの心の声:
「よく見ると、ちょっといい男かな……」
〇ローズ宅、ローズの部屋(昼)
ローズが自分の部屋の窓の桟に腰をかけて、煙草を吸っている。
ローズ:
「本当、よくあのタイミングで会えたよね。もう少し遅かったら、飢え死にしてたかも」
ローズ、ふと思いついたような顔をして呟く。
ローズ:
「神様っているのかな……」
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