シャンハイ・リリー

〇ラジオ局・休憩室(夜)

   ローズとリリーが、ラジオ局の休憩室へ入ってくる。アシスタントディレクターの女性(庭師と同じ顔)が、入れ違いに出ていこうとする。


アシスタントディレクター:

「(二人に笑いかける)

 お疲れさまでした」


ローズ/リリー:

「(愛想よく笑い返す)

 お疲れさまでしたー」


(庭師):

「番組の仕事が終わって、リリーさんとローズさんが、休憩室でご一緒にコーヒーを飲んでおられます」


リリー:

「(煙草に火をつけながら)

 お疲れ様」


ローズ:

「(同じく、煙草に火をつけながら)

 お疲れ。相変わらず、あんたはよく喋るね」


リリー :

「悪い? 仕事よ」


ローズ:

「あんたのは、趣味が入ってるじゃない、それもかなり」


リリー :

「そーよ、それが悪い? って、聞ーてんの」


(庭師):

「傍から伺っていると、まるで喧嘩でもしているかのようですが、昔から、お二人の会話はこのような感じなのです」


ローズ:

「こないだね、久しぶりに海の方にドライブに行ったのよ。なんだか思い出しちゃった、慶次のこと」


(庭師):

「慶次さんとは、ずっと以前、ローズさんとご一緒に暮らしていた男性のことです。リリーさんにとっても、よいご友人でした」


リリー:

「そういや、慶次は海が好きだったもんね、泳げないくせにさ」


ローズ:

「ね。帰る時には、潮風でベタベタするとか、文句ばっかり言うくせに、どこに行こうか? って話になると、決まって海がいいって言うんだよね」


リリー:

「まぁ、海ってったって、みんなで泳いだことなんかなかったけどね、結局」


(庭師):

「慶次さんは、あるいきさつから精神的に追い詰められ、結局一人で車を運転している時に、事故を起こされて亡くなってしまわれました」


リリー :

「慶次が死んじゃったあと、あんたが子供を引き取るって言い出したときは、びっくりしたわよ」


ローズ:

「そう? 慶次が生きてる時に、そんな話をしたことがあったのよ、話したことなかったっけ?」


リリー :

「あったけど、実際に引き取るってのとは、ワケが違うでしょ、犬や猫じゃないのよ」


ローズ:

「そうね、確かに犬猫みたいなワケには、いかなかったわね」


(庭師):

「当時、ローズさんがゲイであったことから、小さな男の子をローズさんが引き取ることについて、公的機関は慎重になったのでした」


ローズ:

「確かに気持ちはわかるけど、正直ショックだったよ。でもよくよく聞いてみると、普通、孤児を引き取るのはご夫婦がほとんどで、そもそも独り身の人間に子供を引き取る許可が下りるのは、希なんですって。あたしは運が良かったのよ」


リリー:

「お役人も意外に話せるんだって、あたしは感動したわよ。

 (カラカラと笑う)

 そういや、菊郎くんは元気? 今いくつになったんだっけ?」


(庭師):

「デイジーさんを本名で呼ぶのは、今ではリリーさんくらいですね。たまに会ってそう呼ぶと、デイジーさんは呼ばれ慣れないので、くすぐったそうにモジモジするのです」


ローズ:

「もう14歳になったよ、あっという間ね」


リリー:

「14? はー、あたしも歳をとるはずだわ」


ローズ:

「いい子に育ってるよ。あたしに似ないでよかった」


リリー:

「ふふ、あんたに似てるから、いい子に育ってるんでしょ」


ローズ:

「おや、珍しい。今日は象でも降ってくるんじゃないかしら」


   リリーが、吹き出して笑いだす。


(庭師):

「ひとしきり笑ってから、リリーさんがポツリと言われました」


リリー:

「慶次にも、会わせてみたかったな……」


   少しだけ、遠い目をするローズ。


ローズ:

「……」

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