博之

〇場所不明・暗闇(時刻不明)

   庭師が立っている。こちらに向かってお辞儀をしてから、話し始める。


(庭師):

「博之くんは、3人兄弟の真ん中です。しかも、ご兄弟は全員男性。

 ご兄弟は比較的仲がよく、一番上のお兄ちゃんが面倒見のいい子でしたので、博之くんもお兄ちゃんが大好きです。博之くんの歳の離れたお兄さん、雅之さんは文武両道の人で、成績もよく、運動もできました。サッカー部だったので、特にサッカーの技術は素晴らしかったそうです。博之くんも、お兄ちゃんを見習って、サッカーをはじめました。博之くんは、勉強はからきしでしたが、サッカーについては、お兄さんほどではないにせよ、周囲から将来を期待される位のレベルになりました」


〇博之の学校・グラウンド(昼)

   部活中の博之。ユニフォーム姿で、チームメイト(庭師と同じ顔)に向かって叫んでいる。


博之:

「こっちー! あー、どこ蹴ってんだよー!!」


〇博之の家・雅之の部屋(夜)

   博之が、机に座っている雅之に話しかけている。


(庭師):

「雅之さんは、サッカーで身を立てることを考えていなかったこともあり、大学に上がるとき、周囲に惜しまれながら、あっさりと引退されました。博之くんは、目標となるお兄ちゃんと一緒にサッカーをすることができなくなることが嫌で、サッカーをやめるお兄ちゃんにしつこく食い下がって、サッカーを続けるように勧めました」


博之:

「兄ちゃん! やめちゃうなんて、絶対もったいないって! もっと続けようよ、そしたらいつか俺も兄ちゃんと一緒のチームで……」


雅之:

「(静かな、しかし、断固とした態度で)

 悪いな。続けるつもりはないよ」


   博之、明らかに気落ちした様子になる。そんな様子を見て、雅之が、優しく諭す様に博之に話かける。


雅之:

「お前も、自分の意思だけで続けられないようなら、さっさと見切りをつけた方がいいぞ」


博之:

「(少し涙ぐんで)

 兄ちゃんは、自分の意思でサッカーしてたんじゃないのかよ?」


   それを聞いた雅之、びっくりした顔になるが、寂しそうな笑顔に変わって、少し首をかしげる。


雅之:

「……」


(庭師):

「一方、兄弟の末っ子、俊之くんは、スポーツは大の苦手でしたが、勉強はとてもよくできました。性格は博之くんとは違っていましたが、何かにつけて大味なところは博之くんにも似ていました。そして、雅之さんは、他の二人のご兄弟を同じように大切にしました。他のお二人は、どちらも雅之お兄ちゃんが大好きでしたが、このお二人は、あまり仲がよくありませんでした」


〇博之の家・リビング(昼)

   TVゲームをしている俊之。入ってきた博之が、俊之に文句を言いだす。


博之:

「おい、今日の風呂掃除は、お前がやるはずだったよな?」


  俊之、何も言わずに、TVゲームを続ける。


俊之の心の声:

「俺は、いいって言ってないのに、博之が勝手に当番変わったつもりになってただけじゃんか」


博之:

「おい、無視すんな!」


  俊之、何も言わずに、TVゲームを続ける。


俊之:

「……」


〇博之の家・リビング(昼)

   雅之が、家に呼んだ男友達と話をしている。そこに、博之がお茶のセットが乗ったお盆を持って入ってくる。


(庭師):

「博之くんは、男兄弟の中で育ったせいか、あまり女の子に関心を見せることがありませんでしたが、それは小さい時から慕っていたお兄ちゃん、雅之さんが、女性と一緒にいる姿を見せなかったことも、要因の一つだったかもしれません。

 しかし、実は男兄弟の中で育ったからこそ、露骨なくらい女の子らしい女の子には弱かったのです」


〇デイジーの学校・教室(昼)

   ホームルーム中の教室内、美咲が黒板の前に立っている。クラスメートの前で、転校初日の挨拶をしている。クラスメートの中には、庭師と同じ顔をした女生徒も座っている。


美咲:

「初めまして。宮崎から来ました、美咲と言います。

 (にっこり笑って)

 みんな、仲良くしてね!」


博之:

「……」


(庭師):

「クラスに転校してきた美咲さんは、取り立てて美人というわけではありませんでしたが、表情が豊かで、仕草がとても可愛らしかったので、博之くんは、しばらく目で追っているうちに、すっかりその虜になってしまいました。

 雅之さんに相談して、女の子と仲良くなる方法を伝授されながら、少しずつ美咲さんに近づきました。美咲さんは、まどかさんという、別の女の子友達と一緒にいることが多かったので、中々美咲さんだけに自分の存在をアピールすることが難しかったのですが、根気よく話しかけたり、できるだけ近くにいるようにしたりしている内に、美咲さんの方から話しかけられるまでに親しくなることができました」


〇デイジーの学校・廊下(昼)

   下校時刻、デイジーに駆け寄る美咲。デイジーに話しかける。


美咲:

「デイジー! 一緒に帰ろーよー!」


   デイジーから断られている美咲。がっかりした様子になる。


(庭師):

「ある時、博之くんは、美咲さんがやたらとデイジーさんに話しかけているのを目撃しました。しかも、一緒に帰りたがったりしています。

 博之くんは、頭をガツンと殴られたようなショックを感じました。早速、雅之さんに相談してみたものの、諦めずにアピールを続けろ、という地味なアドバイスしかもらえませんでした。

 落ち着かない日々が続きましたが、やがて変化が見えてくるようになりました」


〇デイジーの学校・廊下(昼)

   下校時刻、デイジーが、申し訳なさそうに美咲に話しかけている。


デイジー:

「ごめんね、璃々とちょっと約束があって……」


   美咲が、がっかりした様子になる。


(庭師):

「美咲さんは、機会があるごとにデイジーさんにアピールするのですが、デイジーさんが取り合わないので、結局諦めたらしいですね。

 デイジーさんは、同性の博之くんから見ても、とてもかわいらしい存在でしたが、その仕草も雰囲気もごく自然なもので、女の子っぽいというより中性的でしたので、子供の博之くんの目には、それほど魅力的には映らなかったようです。

 意気消沈した美咲さんは、博之くんに愚痴をこぼすようになりました」


〇デイジーの学校・教室(昼)

   美咲の席のそばに、博之が座っている。


美咲:

「(少し涙ぐんで)

 デイジーって、璃々ちゃんとはあんなに仲良さそうにしてるのに、なんでみー子とは仲良くしてくれないのかな?」


(庭師):

「博之くんは、美咲さんを相手にしなかったデイジーさんに安心した気持ちを持った反面、美咲さんの意気消沈の原因であるデイジーさんに対して、悪い印象を持つようになりました」


博之:

「デイジーめ、見てろよ、みー子の仕返ししてやるからな」


〇デイジーの学校・教室(昼)

   博之が、デイジーが前を通るときに足を出して、ひっかけようとする。少し躓いて、よろけるデイジー。それを見かけて、怪訝な顔になる美咲。


〇別の日、デイジーの学校・教室(昼)

   ホームルーム、デイジーが手を挙げてから発言をしている。すぐさま、博之も手を挙げて、デイジーとは反対のことを言う。デイジーは、苦笑いする。博之が、意図的にデイジーに意地悪をしていると確信して、怒った顔になる美咲。


(庭師):

「デイジーさんを困らせれば、美咲さんが喜ぶような気がした博之くん、美咲さんに気に入られたい一心で、デイジーさんにちょっとした意地悪をするようになりました。しかし、実は美咲さんはそうした意地悪が大嫌いだったので、博之くんがデイジーさんに意地悪をしていることに気がついた時、博之くんに噛み付いたのです」


〇デイジーの学校・教室(昼)

   美咲が、怒ったような顔で博之に噛みついている。


美咲:

「ちょっと博之くん、なんでデイジーに意地悪なんてしてんのよ、信じらんない!」


   博之、青い顔になって立ち尽くす。


博之:

「……?」


(庭師):

「博之くん、さすがにこれには落ち込みました。良かれと思ってしたことで、まさか、美咲さんに嫌われることになろうとは……。その日は枕を涙で濡らし、雅之お兄ちゃんに慰めてもらいました」

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