2,流浪のフェイと山猫




 目を覚ますと、そこは洞窟の中だった。


「ここは……」

『目が覚めたかい?』


 いきなり頭の中に声が!?


 驚いて周囲を見渡す。


 すると、洞窟の入り口の反対側、真っ暗な闇の中に小さな光がふたつ浮いているのが見えた。


「ヒッ!」


 思わず後退る。


『そう怯える必要はない。落ち着きなさい』


 再び脳内に声。


 よく聞くと、落ち着いた声音だった。


 敵意はないのかもしれない……と思いつつ、改めてよく周りを観察する。


 私の後ろには洞窟の入り口がある。


 これならいざとなればすぐ逃げ出せそうだ。


 それに例の小さな光の点。


 あれって夜に光る獣の目に似てる。


 だとしたら随分小さい。

 子供の私と比べても、半分以下の大きさなのでは?


 なら、危険は少ないかも……。


 そう思うと、ようやくホッとする。


『落ち着いたようだね』


 こちらの肩の力が抜けたのを見て取ったのか、声が話しかけてくる。


『話を聞きたいが、先にノドを潤しなさい』


 と、闇の中から何かが出てくる。


 入り口から差し込む月明かりの反射で、それが宙に浮いた水の球だと分かった。


「えっ!? これ……魔法?」

『昔友達に習ってね。生活に便利だよ』


 便利って……。


 魔法を使う獣なんて見たことも聞いたこともない。


 というか余裕がなくて気に留めてなかったけど、この声もまさか魔法?


『ほら、早く飲みなさい。不純物は取り除いてあるから』

「……」


 不純物って何だろうと思いつつ、やっぱり少し警戒してしまう。


 でも、それ以上に半日も山を登って倒れたこともあり、ノドの乾きは深刻だった。


 もし毒だったとしても、死んで元々。


 私は覚悟を決めて、水の球に両手を差し入れる。


 冷たい!


 予想より冷えていたことに驚きつつ、両手で水を掬い、おずおずと口へ運んだ。


 変な味はしない。


 ゆっくりと飲み込む。


「……!」


 ノドに染み渡る清涼感に、一気に頭が冴え渡り、気がつけば二度、三度と水へ手を伸ばしていた。


『元気があるようでよかった。食べ物も取ってきたんだよ』


 声は嬉しそうに言うと、暗がりから木のカゴが差し出された。


 中には木の実がたっぷり詰まっていて、思わず目を見開いてしまう。


「こ、これ……食べてもいいんですか?」

『時期が悪くてあまり取ってくれなかったけどねぇ。全部食べていいよ』


 数日ぶりのまともな食事に、遠慮という言葉も忘れて私は木の実を貪り食った。


 気がつけば目尻から涙が溢れていた。


 きっと傍目には惨めな姿に見えたはずなのに、声の主は何も言わず、食べ終わるのをジッと待っていてくれた。


 そうして腹も膨れ、ようやく落ち着きを取り戻した私は、やっとあることに思い至る。


「あの、あなたが山神様ですか?」


 その質問に、相手は困惑したように、


『神なんて大層なものじゃないねぇ。我輩はただの猫だよ』


 と答えた。


「ということは……山猫様?」

『まあ今は山で暮らしてるし、山猫でもあってるかな?』



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