南大陸 赤髪のフェイの章

1,流浪のフェイと山猫




 山送り、と村の人たちは言っていた。


 村の災いを除くにはそれしかない、と村の人たちは言っていた。


 私に行け、と村の人たちは言った。


 誰も止める者はいなかった。


 私に否と言う資格はなかった。


 みなしごには、守ってくれる人もいない。


 ほかに選択肢はなく、私は山を登るしかなかった。


「はぁ……はぁ……」


 獣道とたいして変わらない藪の中を進むのは、子供の足には苦しいものだった。


 すでに日も暮れて、足下もよく見えない。


 こんな夜の山の、山頂へ行けだなんて、無茶苦茶もいいところだ。


 途中で足を踏み外して死んでしまうとは、あの人たちは考えなかったのだろうか?


 いや、もうそんな正常な判断できなくなっていたのかもしれない。


 戦ですっかり食べ物もなくなって、飢えて頭がおかしくなってしまったのだ。


 でなければ、生け贄なんて、そんな迷信を信じやしなかっただろう。


「……」


 この山には山神様というのが住んでいるらしい。


 いつからいるのかは知らない。


 私が生まれるよりずっと前、この山に現れ、人を食った狂い獣を討ち取ってくれたそう。


 以来、村人は感謝して、そのナニかを山神として崇め奉ったそうだ。


 私が目指す頂上には祠があり、そこに山神様は住んでいるとか。


 バカバカしいけれど、皆がそう考えているなら仕方がない。


 親も死んでしまったし、私に頼れるのはあの村しかない。


 よそへ逃げようにも、一番近い村までの道程すら知らないのだから。


 私にできるのは祠へ行き、数日を過ごしてから、山を下りることくらい。


 その時、祠へ行った証拠も持って帰らなければ、「どうせ逃げたのだろう」と疑いをかけられる。


 とにかく祠へ行った証明と、数日待ったが山神様は現れなかったと証言する……それ以外に、私が生き延びる方法は思いつかない。


 ああ……それにしてもしんどい。


 このままじゃ、頂上になんて辿り着けないんじゃないか?


 なんだか眩暈もし始めた。


 足もフラつく。


 そういえば、私もしばらく何も食べてなかった……。


 バタンッ


 重たいものが地面に落ちる音がした。


 どうやら自分が倒れたのだと気づいたのは、数秒が経ってからだ。


 視界の輪郭が暗くぼやける。


 不思議と、山は静寂に包まれていた。


 死ぬ寸前というのは、こういうものかもしれない。


 死ぬのは嫌だけど、頭がボーッとして、どうでもいいという気持ちが脳裏をよぎる。


 けど、こんな風に諦めたくない。


 私は山頂を目指そうと、土を掻いて少しでも前へ進もうとした。


 その時。


「にゃー」


 妙に耳に心地いい獣の鳴き声が、薄れかけた私の意識に染み渡った。


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