3,魔女マリアと昼寝猫




「うっ……」


 気を失っていたようだ。


「……」


 両手が縛られている。


 両足も同様だ。


 というより、立てた丸太に縛りつけられているらしい。


 ほんの少しまぶたを持ち上げる。


 薄目で周囲を確認すると、大勢の村人が私を取り囲んでいた。


「魔女め!」


 村人の中から、そんな声がチラホラと聞こえてくる。


 ……よく数えると、村人がだいぶ少ない。


 正確な数は覚えていないが、半分くらいしかいない気がする。


 単にこの場にいないだけ、とも考えられるが……。


「魔女を許すな!」


 そう叫ぶ男の額や頬。


 そこに浮かぶ黒いアザ。


 知り合いの薬師に教えてもらった流行り病の症状にそっくりだ。


 そういえば、最近は風邪薬が飛ぶように売れていたな。


 あの風邪薬では、流行り病は治らない。


 金を出して買った薬が効かず、大勢死んだということか。


 で、その腹いせに魔女を吊し上げに来たんだろう。


 バカな連中。


 体に不調があるなら、薬を買う時にちゃんと症状を相談すればいいのに。


 そうしたら、もっと違う薬を調合していた。


 ……まぁ、私もアザに気づかなかったわけだけど。


 そりゃ村ではフードを目深にかぶって、相手の顔も見てなかったしねぇ。


 これも因果応報か。


 しかし、我ながら随分と落ち着いている。


 逃げられそうにないし、ジタバタしても仕方ないと、自分で分かってるのかね。


 今更惜しむようなものもないし。


「……」


 唯一気がかりなのは、にゃんこのこと。


 あの子はちゃんと逃げられたかねぇ……。


 意外とすばしっこい子だし、のろまな村人に捕まるとは思ってないけれど。


 餌はもうあげられないけど、まあ野生でも逞しく生きていけると信じるしかない。


「殺せー」


 いよいよか。


 手に松明を持ってるところを見るに、火炙りにする気だろう。


 殺す前に投石で痛めつけられた魔女もいるらしいし、それに比べればマシか……。


 そう他人事のように考えていた時。


「ニャア!」


 にゃんこが私の前に現れた。


「ニャアアア!」


 にゃんこは毛を逆立て、村人たちを威嚇している。


「おバカ! 早く逃げな!」


 何で来ちゃったんだい!?


 あんたまで巻き込まれることはないのに。


「なんだあの動物は」

「魔女の使い魔だ」


 村人の殺意がにゃんこにも向けられる。


「お前らその子に手を出したら、ただじゃ置かないよ!?」


 自分でも信じられないくらい大きな声が出た。


 なんとか、あの子を助けようともがいて、手足を縛るロープがギシギシと音を立てる。


 その時――ふとにゃんこがこちらを振り返った。


『大丈夫』


 やさしい声が頭に直接響く。


 それと同時に。


「にゃにゃっにゃあ!」


 にゃんこが勇ましく鳴き声を上げると、突風が村に吹き荒れた。


「!?」


 これは、魔法!?


「うわああああ!」


 村人たちは風に飛ばされ、村の家屋も紙細工のように吹き飛んでいった。


「ああっ!」


 ついには、私を縛っていた丸太も持ち上がり、上空へと舞い上がる。


 このまま風に裂かれるか、はたまた地面に叩きつけられるか。


 そう自分の未来を予測し、思わず目を閉じる。


 しかし、そんな未来はいつまで経ってもやってこなかった。


「……?」


 恐る恐る目を開けると、


「にゃあ」


 いつものあの子の顔が目の前にあった。


「一体、何が起きたんだい?」


 改めて状況を確認する。


 私とにゃんこはやわらかな風に乗り、ふわふわと空に浮かんでいた。


「これ、にゃんこがやったのかい?」

『そういうことになるかな』

「念話まで……」

『魔女殿がいろいろと教えてくれたお陰だよ』

「……驚いたね」


 はぁ、賢い子だとは思ってたけど、まさか魔法まで覚えるなんて。


「一体、あんたは何者なんだい?」

『それを話すとなると、とても長くなりそうだ』

「ふふっ、そうなのかい」


 やっと気持ちが落ち着いてきたのか、私の口から笑いが漏れる。


『さて、これからどうするか?』

「そうだねぇ、あの森に帰るわけにはいかないし……」

『なら、旅はどうかな?』

「旅?」

『我輩はこの世界のことをよく知らない。魔女殿に案内してもらえたら助かるのだが』


 それもいいかもしれない。


 どうせ住処も失ったのだし。


 この子と一緒にひとりと一匹で旅をするのは、とても楽しそうだ。


「いいね。次の住処が見つかるまで、適当に世界をぶらつこうか」

『決まりだな』


 こうして私はにゃんこと旅に出た。


 ――これが思いがけない大冒険になったのだけど、それはまた別のお話。


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