第1話 理不尽な姉のいる日常
慣れ、とは恐ろしいものである。
物事を繰り返すことにより上達していくものだが、時に繰り返しの弊害として慣れという状態に陥る。
刺激に対して何も感じなくなっていくのだ。新しい発見は無くなり、向上心は廃れる。自ずと成長も止まり、そして初心であればしなかったような躓きをしたりするのだ。
そう聞くと、悪いことのようだが、慣れとは何も悪いことばかりではない。
「くかー、くかー」
俺の前のは薄布を前にたわわに実った双丘と、それとは裏腹にメリハリのついた細い腰、すなわちくびれ。そして、その細い腰とは裏腹にむっちりとした臀部から伸びる肉付きのある柔らかそう腿、から伸びるすらりとしたすべすべの膝、脹脛、アキレス腱と続く足。
ナイスバディの三原則、ボンキュッボンを具現化したような絶世のプロポーションを持つ美女がいた。
それも着古し過ぎてビニール袋みたいになったタンクトップシャツに下はパンツのみという無防備な姿で横たわっている。
さらに情報を付け加えるなら、齢二十一才。都内の大学三年生という、持て余した若き肉体から溢れんばかりのフェロモンが香る、華の
現在の時刻は朝の七時。
これを目の当たりにする俺は高校一年生。
ともすれば、朝っぱらから血がある場所に送られ直立できなくなるような、色んな意味で心臓に悪い光景、になろうというものだ。むしろ、なって然るべきと言う人もいるかもしれない。
しかしながら、俺の心の蔵は冷静そのもの。一定のリズムをキープしていた。
「はぁ……」
それどころか朝から零れるのは重苦しいため息。
何故か。
この美女――個人的には美女と世間が評することに疑問すら覚える人が、俺の実の姉だからである。
「姉ちゃん、朝だぞ。起きろ!」
そしてそんな姉の身体よりも目についてしまうものは、この部屋の有様の方だった。
敷布団を囲う様に散乱した空いたチューハイ缶やら封の空いたつまみたち、脱ぎ散らかした服や使用済みのチリ紙、埃にどこの部位のか定かでない毛にワンデイコンタクトの空ゴミ。
どこに出しても恥ずかしくない汚部屋がそこにあった。
「うーん……う……るさ、い」
「五月蠅いじゃないだろ、姉ちゃんが昨日一限からだから起こせって言ったんだろ? てか、部屋汚すぎるだろ」
やる前から分かっていたことではあるが、起きる気配のない姉の部屋に入っていき、腕を引っ張り起こす。まずは上体だけでも起こす。それこそが大きな一歩になるのだ。
「ちょっ、いたい、お前、触んなよ!」
しかしながら、抵抗にある。触れた手をぱちんと叩かれた。そして、掛布団に閉じこもるように丸まってしまった。
まあ、分かっていたことだ。堪えて、そしてめげずに起こす。布団を引っぺがすところから。
「こら、やめろ。痴漢! 変態! 童貞がう~つ~る!」
「うつるか! ちょっと姉ちゃん、もうすぐ社会人なんだから朝くらい起きろって! 高校生の弟にこんなことさせて恥ずかしくないのか!」
布団を綱引きしながら、精神攻撃で揺さぶる。
「ああ、将来の話するな、こんな朝から――」
「おっ」
精神攻撃に反論が来た。頭が起きてきた証拠だ。それに掛布団を引く手も弱まった。一気に巻き取ろう。そう思った瞬間。
「――うるさいって!」
「ぐほっ」
掛布団の一点が加速度的に盛り上がり、そして俺の腹部に突き刺さる。内臓がぐにゃりと歪み、肺を通じて押し出された空気が変な声となって排出される。
姉が掛布団越しに蹴りを入れてきたことに遅れて気づく。
「ぐおおお、何すんだ」
蹲る俺の視界の隅を無駄な美脚が通り過ぎる。
「ふん。弟の分際で生意気。朝から最悪の気分」
「……理不尽過ぎだろ」
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