第26話 現実感の無い日 2

「キョーコさんは庄崎咲桜凛のアイドル活動について、どう思ってるわけ?」

「どうって……」

どう答えたら良いのだろうか。応援してるとか、妬いてしまっているとか、そう言うことを言えば良いのだろうか。


「抽象的すぎたかしら。聞き方を変えるわ。アイドルがたった一人のために歌って踊っていたら、どういう気分になると思う? 例えば、わたしが彼氏のためだけに歌っているとか、そういうことを言い出したとしたら」

「か、彼氏いるんですか!?」

「いないわよ! 100%の例え話よ! わたしはマイクを置くまで彼氏作る気なんてないんだから!! ふざけたこといったらグーで殴るわよ!!! ああ、もう! わたしで例えるんじゃなかった!!」

ミミミちゃんが身を乗り出して、思いっきり拳を振り翳してくるから、慌てて頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……。わかってます!! 本当にごめんなさい!!」

わたしが必死に謝ったのを見て、ミミミちゃんは咳払いをしてから冷静な口調に戻って、座り直す。

「ていうか、そもそもわたしが言いたいのはそういうことじゃないのよ!」

わたしも改めて姿勢を正して話を聞く体勢を取った。


「庄崎咲桜凛がたった一人のために歌っているから、それを言いたかったのよ」

「さおちゃんは、みんなのために歌ってますよ!」

「なるほど、やっぱり鈍感ね」

ミミミちゃんの言葉を聞いて、わたしの脳裏に嫌な考えがよぎった。


「もしかして、さおちゃんに彼氏がいるんですか……?」

わたしの知らないところでさおちゃんは芸能関係者とかと付き合っているのだろうか。そう考えたら、お腹が痛くなってくる。


そんなの嫌だ! わたしだけの推しでいてほしいどころか、わたし以外の誰かにとってだけのさおちゃんでいるなんて、考えただけで酸素が薄くなってきるような気分になってしまう。真面目なさおちゃんだから、恋人とこっそり付き合うなんてことができずに、ステージに上がるのをやめてしまったと言うことなのだろうか。


わたしは目をキョロキョロさせてしまった。多分かなり挙動不審になってしまっていると思う。そんなわたしのことを見て、ミミミちゃんは呆れたように尋ねてくる。


「別にわたしは庄崎咲桜凛に彼氏がいるなんて噂聞いたこともないけれど、もし彼氏がいたら、あなたはどうするのつもりなの?」

「どうって……。さおちゃんの恋を応援します……」

「そんな涙目で弱々しく言われてもねぇ……」

ミミミちゃんがため息をついてから続ける。


「キョーコさんは、庄崎咲桜凛のことは好きなのかしら?」

「そりゃ……好きですよ」

「そのって、一体どんななのかしら?」

「どんなって……」

「ファンとして? 友達として? それとも何か別の感情での好きなの?」


ミミミちゃんの微笑みは余裕たっぷりで、こちらの心の全てを見透かしているみたいだった。ミミミちゃんへの好きとは明確に違うさおちゃんへの好き。そして、さおちゃんへの好きの感情は出会った時から明確に変わっていた。


「そりゃ……」

ファンとしてなら、推し変なんてしない。友達としてなら、さおちゃんの活躍を誰よりも純粋な気持ちで喜んであげたい。でも、どちらもできていない。じゃあ一体どんな好きなのだろうか……? 考えた時に、わたしの心がドキリとした。自分の中で前から心当たりはある。けれど、それを認めるとさおちゃんとの関係が壊れてしまいそうな、危うい


「何か別の感情って何ですか……?」

わざとらしく尋ねてみた。

「さあ、何かしら? あなたしか知らないと思うけど?」

クスクスと笑うミミミちゃんはわたしのことを弄んでいるみたいだった。そんな姿もとても麗しくて、魅力的だ。


「でもね、自分の感情に素直にならないと、とっても損をしてしまうわ。庄崎咲桜凛のことは嫌いだけれど、あなたのことは大事な古参ファンとして気に入っているから、きちんと自分の気持ちに向き合って欲しいのよ。あなた自身の為に、ね」


人差し指を頬に当てながらミミミちゃんは微笑んだ。そんな姿にわたしは見惚れてしまっていた。きっと彼女がアイドルを辞めるまで、わたしは推しを辞めることはないのだろうな、と思う。


そして、それからすぐに、ミミミちゃんはラジオ番組の収録があるからと言って、慌ただしくフラペチーノを飲み干してしまった。


「じゃあね、今日はありがと」

ミミミちゃんが顔の横で小さく手を振りながら微笑んでいる姿は、すでにアイドルの姿に戻っていた。


たった15分ほどの時間だったけど、推しと一緒にカフェに行くなんて貴重な体験をして、本当は胸いっぱいの気分でいなければならないとは思う。だけど、今は別の感情について考てしまう。


さおちゃんは、一体わたしの何なのだろうか。一緒にいると落ち着く友達で良いのだろうか。でも、それにしては不思議なくらい人気の出ていくさおちゃんを見るのが辛くなってしまう。


ねえ、さおちゃん、わたしたちって一体何なの? そうやって本人に聞けたら一番楽なのだけど。仲の良い友達なのだろうか。アイドルと推しなのだろうか。それとも……。


クリームが溶けつつあるフラペチーノを吸いながら、わたしはぼんやりと考えていたのだった。

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