第27話 2人ともひとりぼっち 1

それからは暫くの間、自分自身の感情について考える日々が続いた。

「わたしは一体さおちゃんの何なんだろう……」

さおちゃんに対しての感情は本当はわかっている。けれど、認めたくはないから、わからないふりをしている。


学習机に座りながらさおちゃんのアクリルスタンドを眺めていた。いつの間にか、さおちゃんのグッズはたくさん出ていて、机の上を満たしてくれていた。それでも、わたしのお気に入りは駆け出しの頃に出ていた、最初期のさおちゃんだった。まだわたしの近くにいてくれたさおちゃんを懐かしむ。


例のミミミちゃんとさおちゃんの合同ライブはすでに明後日の日曜日にまで迫っていた。緊急で開催されることになったライブに対しては、いろいろなファンの反応があった。


さおちゃんがまたステージに戻ってくれることに対する喜びの声もあったけれど、『シュクレ・カヌレ』としては休止しているのに、ソロでミミミちゃんと一緒に出演することへの懐疑的な声がファンの間で囁かれていた。そして、さおちゃんがグループを卒業してソロ活動をするという噂も経っていた。


みんな勝手にさおちゃんの気持ちを語っているけれど、一体全体当の本人は何を考えているのだろうか。それはわたしにもわからなかった。

「考えてもしょうがないか……」

わたしは「よしっ!」と力を入れてから立ち上がる。きっと一人で鬱々と考えていても意味のない話なのだと思う。


ミミミちゃんが強引なことをしてくれたおかげで、少しだけ気持ちは楽になっていて、さおちゃんとも会いやすくなっていた。いつもよりも力強く歩きながら、さおちゃんの家へと向かった。とっくに日は暮れていて、空には綺麗な月が出ていた。


さおちゃんの家の前にやって来て、小さく深呼吸をする。3分ほど呼び鈴の上に指を置いてみたけれど、押すことはできなかった。ほんの少し力を入れるだけなのに、それが怖くて、呼び鈴の上に指を乗せ続ける怪しい人物になってしまっていたのだった。


結局、わたしはまださおちゃんと向き合う度胸が無かったのかとガッカリする。

「やっぱりまだ無理かな……」

小さくため息をついてから帰ろうと後ろを向くと、困ったような顔をしたさおちゃんが立っていた。荷物が多かったから、多分レッスンの帰りだったのだと思う。わたしは思わず「あっ」と声を出す。


「怖がらないでよ……」

さおちゃんが困ったように笑っていた。

「怖がってはないけど……」


わたしはさおちゃんから視線を逸らしながら答える。わたしの答えを聞いて、さおちゃんは一度ゆっくり息を吸ってから尋ねてきた。

「わざわざここに来たってことは、わたしに会いに来てくれたんだよね?」

「えっと……」


どうやって誤魔化そうかと考えたけれど、良い言い訳が浮かばない。事実として、さおちゃんに会いに来たけれど、実際に家の前に来たらやっぱり尻込みしてしまっていた。今こうやって2人で真正面から会って話している状態からも逃げたかった。


わたしは一歩後退りをすると、さおちゃんはわたしの方に一歩近づく。また一歩後ろに下がると、さおちゃんは一歩前に出てくる。その間、わたしは目を合わせないようにしているのに、さおちゃんはわたしの方を見つめ続けていた。チラチラとさおちゃんの方を見るたびに視線が合ってしまう。


「杏子ちゃん、もう逃げないで……」

懇願するみたいに尋ねてくるさおちゃんの声に、何も話せずにいると、次の瞬間、さおちゃんは飛びつくようにしてわたしの方に抱きついてきた。


「さおちゃん!?」

「杏子ちゃん、逃げちゃうから」


わたしはさおちゃんにギュッと抱きしめられたまま、月明かりに照らされて、さおちゃんの家の前で話をすることになった。お互いに顔を合わさずに話すことになるけれど、その方がわたしには助かった。今のわたしがさおちゃんの目を見て話ができるとは思えなかったから。


「さおちゃんは一応アイドルなんだし、あらぬ誤解を受けるようなことはしない方が良いんじゃない?」

「知らない。わたしはもう杏子ちゃんにだけ見てもらったら良いんだもん」


「ダメだよ。さおちゃんはみんなのアイドルのわけだし……」

「違うよ! わたしは杏子ちゃんのためだけに歌って踊ってたんだもん。杏子ちゃんに見てもらえたらそれで良い」

真剣な声で伝えられたけれど、わたしは困惑してしまう。アイドルが特定の人のためにだけパフォーマンスをするなんて。


「い、意味がわからないんだけど……。元々ミミミちゃんに憧れてアイドルになったんじゃ……」

「そんなわけないでしょ!」

さおちゃんが耳元で大きな声を出す。


「そんなわけないって、だって……」

わたしの言葉を聞いて、さおちゃんが寂しそうな声を出した。


「ミミミのライブ見て、杏子ちゃん、とっても喜んでた。だから、わたしも杏子ちゃんに喜んでほしくてアイドルになったんだよ? そしたら、どんどん杏子ちゃんはわたしに興味を失っていく。わたしはいっぱい杏子ちゃんのために頑張ったのに、杏子ちゃんはわたしを置いて、どこかにいってしまった。推してくれなくなっちゃった……」


さおちゃんが、わたしのことを抱きしめる力を強めてから続ける。

「わたしだけ世界に取り残されて、ひとりぼっちになった気分だよ……。遠くに行かないで……。ずっとわたしのそばにいてよ……」

耳元にさおちゃんの吐息がかかった。


「さおちゃんもそんなこと思ってたんだ……」

「わたしもって……。杏子ちゃんも? 何で?」

「わたしだって、さおちゃんがどんどん人気が出て、みんなのサオリンになっていくから、どんどん離れていく気分になってたんだもん」


わたしもさおちゃんも、2人とも寂しい思いをしていたのかと思い、少しだけホッとした。わたしたちは同じ気持ちだったんだ。

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