第28話 2人ともひとりぼっち 2

それからも、さおちゃんは続けた。


「わたしはずっと、杏子ちゃんに気持ちを気づいてもらえたら、それで良いって思ってた。けれど、やっぱり杏子ちゃんはわたしがステージに立てば立つほど、わたしの前から離れていく。杏子ちゃんにわたしを見て欲しくて頑張ってるのに、頑張れば頑張るほど、杏子ちゃんはわたしを見てくれるどころか、どんどん遠くに離れていくんだもの……」

さおちゃんは、わたしの耳元で、いろいろな感情の混ざった吐息を吐きだした。


「だから、活動休止したんだよ。もうステージには立ちたくないから。何千人、何万人の視線よりも、わたしは杏子ちゃんにだけ見ててほしい……。でもステージに立つと、肝心の杏子ちゃんが離れていくんじゃ、何も意味ないもの」

それだけ言って、さおちゃんはわたしを抱きしめるのをやめて、今度は間近でわたしの顔を見る。


長いまつ毛を揺らして、ビックリするくらい可愛らしい顔でわたしを見つめてきていた。そんなさおちゃんの顔を見つめられる気がせずに、また目を逸らしてしまった。そんなわたしを見て、さおちゃんがギュッと両手を握りしめていた。


「わたしのこと、ちゃんと見てよ!」

さおちゃんが叫んだ。ちゃんと見なきゃ、そんなことはわかっているのだけれど、向き合うことが怖かった。


「無理、だよ……」

「どうして? わたし、杏子ちゃんにそんなに嫌われちゃってるの?」

「ち、違うよ、違うけど……」


仕方がないから、わたしは恐る恐るさおちゃんのことを見つめた。瞳を潤ませながらわたしのことを必死に見つめている。悲しそうな顔も可愛らしくて、やっぱりさおちゃんはわたしとは別次元の子に見えてしまう。


「さおちゃんは、もうわたしには眩しすぎるんだよ……」

さおちゃんがギュッと唇を噛んでからまた大きな声を出す。

「杏子ちゃんのバカァ!」

さおちゃんは、やっぱり悔しそうな顔をしていた。わたしにはもう何もわからなかった。


「わたしだって、杏子ちゃんのことが眩しいのに、ちゃんとずっと見つめ続けてるんだよ! それなのに、杏子ちゃんだけ目を逸らすなんてズルイからね!」

「わたしが眩しいって、わたしはステージには立ってないよ……?」

「ステージとか、そんなの関係ない! わたしにとって、杏子ちゃんはいつもそばにいて、疲れてる時でも、一緒にお話できるだけで、とっても元気をくれる太陽みたいに眩しい子なんだから!」


「そんなわけないでしょ……。わたしはさおちゃんみたいにスーパーアイドルなんかじゃなくて、普通の子なんだから……」

「そんなの関係ないでしょ? わたしはステージに立ってても杏子ちゃんだけを見てるんだから、わたしにとって杏子ちゃんだけが眩しい存在なの! わたしなんかよりもずっと眩しいの! 誰が何と言っても、杏子ちゃんの方が眩しいの!」

さおちゃんはグッと力強くわたしの瞳を見た。もうこれ以上瞳を逸らすなという無言の圧力は、かなり効果があった。わたしもさおちゃんの瞳を見つめ続けた。


「今度のライブ、ちゃんと来てくれるんだよね? ミミミが来るから、ちゃんと来てくれるんだよね?」

こんな状況で、ミミミちゃんが来るからさおちゃんのことも見に行く、なんて偽の感情を伝えられるわけがなかった。。これ以上、素直になれなくてさおちゃんを悲しませることがわたしのやりたいことなのだろうか。ううん、違うな。わたしは首を横に振ってから答える。


「違うよ、わたしはさおちゃんのために行くんだよ」

わたしの答えを聞いて、さおちゃんは一瞬ビックリしたように背筋を伸ばしてから、頬を膨らませる。


「嘘だ! ミミミが出るから来るんでしょ? 杏子ちゃんは、わたしよりもミミミのことが好きなんでしょ?」

さおちゃんは緊張した面持ちでわたしのことを見つめている。そんなさおちゃんの瞳をジッと見つめ続けた。真面目な顔をしていてもとても可愛らしいさおちゃんの顔は

、本当に直視できないくらい眩しいな、と思う。


「ミミミちゃんは推し。さおちゃんは好き」

さりげなく言い切った瞬間に、心臓が跳ねた。さおちゃんは目を丸くしていている。まるで時間が止まったみたいにわたしとさおちゃんは見つめ合ってしまった。


そのの意味はきっとさおちゃんにも伝わったと思う。ドキドキしてしまって、もうさおちゃんと向かい合うのが難しくなってしまった。わたしは結局目を逸らす。


「ねえ、杏子ちゃん、それってどういう――」

その続きを聞けるほど、わたしのメンタルは強くなかった。わたしはさおちゃんに背中を向けて、大急ぎで逃げ出してしまった。


まだこの間階段から落ちた足が痛くて、うまく走れなかったから、追いかけたらきっとすぐに捕まえることはできたとは思う。けれど、また逃げ出してしまったわたしのことを、さおちゃんは今度は追っては来なかった。代わりにさおちゃんは後ろから声をかけてくる。


「明後日のライブ、本当にちゃんと来てくれるんだよね?」

念を押されてしまったから、わたしはさおちゃんの方は見ずに、走りながら静かに頷いた。

「ミミミを見に来るの? わたしを見に来るの?」


どっちも別ベクトルで好きなんだけど。ミミミちゃんのことは推しとして、当然恋愛感情なんて無いけれど、好きな相手として。さおちゃんのことは、好きな子として、恋愛感情たっぷりで。


本当は嘘でもいいからさおちゃんと答えた方が良いのかもしれないけれど、わたしは優しくなかった。ライブにはさおちゃんのために行くけれど、でも結局わがままなわたしはミミミちゃんのことも見てしまうと思う。


「どっちも」


さおちゃんに聞こえているのかどうかわからないくらいの、あまり大きくない声で答えた。それに続いて、さおちゃんの声が返ってくる。


「杏子ちゃんのバカァ!」

笑いながら叫んでいるさおちゃんの声が背中越しに聞こえたのだった。

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