第29話 大観衆の中で 1

ライブ当日、わたしはいつもより早く目が覚めた。なんせ今日はさおちゃんとミミミちゃんの合同ライブの日。熟睡する方が難しい。


今日はわざわざ1500人も収容できるホールを取ってライブをするらしい。もっとも、ミミミちゃんは普段一人で1万人以上の観客の前で歌っているから、これでも小さい方らしいけれど。ミミミちゃんが言うには、かなり急遽のライブだったから、これがキャパの限界だったらしい。


初めは、ほとんどゲリラライブに近い、事前の予告なしのライブだったから、人が集まるのだろうかと余計な心配をしていたけれど、先着順で売ったチケットは1分も経たずに売り切れたらしい。人気アイドルのミミミちゃんと、今をときめくシュクレ・カヌレのセンターさおりんの復帰ツーマンライブはかなり話題になっていた。


一般のお客さんがチケットを買ってきちんと入っているというのに、わたしはチケットを融通してもらって、しかも最前列で見せてもらえることになっていた。なんだかとても申し訳ない気がするけれど、多分自力ではチケットはゲットできなかったし、今日だけはわがままなファンで居させてもらおう。大好きなさおちゃんを一番良い場所で見させてもらおう。


会場内に入ると、熱気に溢れていて、気温が10度くらい上がったような気分になる。たくさんのお客さんがミミミちゃんとさおちゃんを見にきていた。


さおちゃんのことを好きでいてくれる人はこんなにもたくさんいるのに、それでもさおちゃんは満足しないのか、と少し勿体無い気持ちになる。でも、さおちゃんが本当に見てほしいのはわたしだなんて言ってくれたのだから、申し訳ないけれど嬉しい気持ちも多分にあった。そんなことを考えながら、席についてライブの開演を待ったのだった。


ライブが始まると、いきなりさおちゃんとミミミちゃんのコラボパフォーマンスから始まった。曲はミミミちゃんの持ち歌だから、さおちゃんはほとんど知らなかったはずなのに、短期間で仕上げてきたようだ。


歌っているさおちゃんの視線が普段よりも随分と下にあるのに気づいた。そして、それがわたしのせいであることもすぐにわかった。さおちゃんはわたしの方から一切視線を逸らそうとしないのだ。今日はステージの高さが1.5メートルくらいと低い位置だったから、さおちゃんの視線がわたしのほうに向いていることがよくわかった。


かなり不自然な視線になっているけれど、ミミミちゃんのパフォーマンス能力の高さや、いきなりのコラボ曲披露のサプライズのおかげで、視線が低いこともパフォーマンスの一種と思ってもらえているみたいだ。


さおちゃんとミミミちゃんのコラボ曲という、とっても贅沢なオープニングでライブが始まった時には、わたしを含めてこの会場にいる人たちは感動に包まれていた。誰もまだ、さおちゃんがとんでもないことを考えているなんて想像もしていなかった。


先日あれだけ犬猿の仲の姿を見せていたとは思えないくらい、息ぴったりの歌とダンスで会場中が熱気に満ちていた。観客も初めての曲にも関わらず、綺麗にコールをしていて、圧倒されてしまった。いよいよライブが始まったと実感させられた。


「みなさーん、今日は突然のユニットライブにも関わらず、会場まで来てくれてありがとうございまーす!」

歌い終わってから、ミミミちゃんが元気に声を出す。MC慣れしているミミミちゃんの声を聞いて、ファンのみんなも声をあげていた。


「わたしとサオリン、初めての合同ライブなので今日はわたしのファンもサオリンのファンもどっちもいるんですよねー」

会場中が沸いている。背中側から大迫力の声が聞こえてくる。


「わたしのファンの人いるー? いたら思いっきり声だしてー」

会場がさらに湧き上がった。もちろん、わたしも大きな声を出した。耳が痛くなるような大声援が聞こえる。それに続いて、少し元気のなさそうな声でさおちゃんも続けた。


「えっと……、じゃあ、わたしのファンの人はいますかー?」

さおちゃんの声に続いて、会場が湧き上がる。わたしもさらに大きな声を出した。ミミミちゃんに負けないようなさおちゃんのファンの数。やっぱりさおちゃんは愛されているな、と複雑な気持ちで声を聞いていた。その歓声が止んだ頃に、次はミミミちゃんが声を出す。


「じゃあ、わたしとさおちゃんどっちも好きって人は――」

「あの、ちょっと待ってください!!」

ミミミちゃんの言葉を遮るようにして、さおちゃんがマイクに向かって大きな声を出した。ミミミちゃんが一瞬怪訝そうな顔をしたから、これはさおちゃんが勝手に始めたハプニングなのだろうけれど、それでもミミミちゃんはすぐに笑顔になる。


「どうしたの、サオリン? 何かあるんだったら言ってごらん」

普段ミミミちゃんがさおちゃんに接する態度からは信じられないような優しい声を出しながら、さおちゃんの元へと駆け寄っていた。両手を優しくさおちゃんの脇腹の辺りに添えて尋ねている。


さおちゃんは一瞬ミミミちゃんの方を睨んだけれど、それはきっとわたし以外には睨んだ、ではなく見つめたとして視界に映っているに違いない。そんなさおちゃんはミミミちゃんの手を振り払って、突然ステージ上で土下座を始めたのだ。観客ががかなりざわつき出す。


「すいませんでした! わたし、実は好きな人がいるんです! それで、活動を休止していました!」

ミミミちゃんが目を丸くしてから、さおちゃんの体を抱き起こした。そして慌ててフォローをしようとする。


「好きな人っていうのはファンの皆さんのことで――」

「ファンのみなさんのことも好きな人ではあるんですけど、それ以外に、わたしは愛している人がいます! そしてあわよくば、その子と恋人になりたいと思ってます!」

会場がさらにざわついた。


「誰だろう? もしかして、わたしかなー?」

ミミミちゃんが必死にフォローしてるけれど、もはや会場のざわつきは収まりそうにない。ミミミちゃんも苦笑いをするしかないみたいだった。


さおちゃんはミミミちゃんのことは気にせず、ゆっくりとステージの前方まで歩いた。ちょうど、わたしの座っている席を目指して。そして、ステージに一度腰をかけてから、下に降りる。さおちゃんはわたしの方に近づいてきたのだった。

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