第25話 現実感の無い日 1

さおちゃんの家を出てから、わたしとミミミちゃんは一緒に歩いていた。

「少し時間をもらっても良いかしら?」

ミミミちゃんに尋ねられて、わたしは頷く。

「い、良いですけど……」

一体何が始まると言うのだろうか。少し不安になりながらも、ミミミちゃんに従ってついていくことにしたのだった。


そういうわけで、わたしは今スーパーアイドルのミミミちゃんと向き合ってカフェ店内で席に座っている。さおちゃんの家にいきなりミミミちゃんと共に押しかけてから、わたしは無理やりミミミちゃんにカフェに連れ込まれてしまい、向かい合ってフラペチーノを飲んでいた。


ずっと一方的に推していて、ほとんど面識なんてなかったアイドルのミミミちゃんと共に新作のチョコバナナフラペチーノを飲んでいる。ほんとに、一体全体何がなんだかわからなくなってきていた。


わたしの為にミミミちゃんとさおちゃんのツーマンライブが実現し、特等席で見られることが確約された。しかも、今は推しと一緒にカフェに入って向かい合っている。昨日の自分に今の状況を教えても絶対に信じてもらえないと思う。


「バナナの味がしっかり残っていて美味しいわね」

ミミミちゃんの澄んだ声を聞いて、はい、と小さく頷いた。いまいち現実感のない中で飲むフラペチーノを味わう余裕なんて無かった。


ゆっくりと喉を通っていくフラペチーノを現実で飲んでいるのかどうかもよくわからなかった。とりあえず、何か話さなければと思い、さおちゃんのことを話題に出した。


「でも、わたしは水島さんがさおちゃんのこと嫌っていたと思ってたので、わざわざさおちゃんのために家まで行ってあげるなんて、意外でした。水島さんって思っていた通り、かなり優しい人なんですね」

わたしが素直に思ったことを伝えると、ミミミちゃんは失笑してしまっていた。ステージ上の可愛らしい笑みではなく、少し意地悪気な笑みも可愛らしかった。


「あれ? わたし何か面白いこと言いました……?」

「そうね、言ってるわ」

わたしが首を傾げると、ミミミちゃんは続けた。


「あたしが優しいって何の冗談かしら? まさか、善意で庄崎咲桜凛のところまでやってきたと思ってるのかしら?」

「そ、そうですけど……」


わたしは恐る恐る答える。まるで何か裏があるみたいに言い方が気になってしまった。そんなわたしの反応を見て、ミミミちゃんは、今度は高笑いをした。なんだか美人なのも合間って悪役令嬢みたいだけど、それも可愛らしかった。


「な、なんで笑うんですか……?」

「だって、あなたがとっても面白いことを言うから」

わたしが首を傾げたのを見て、ミミミちゃんは続けた。

「何が悲しくて、わたしが大嫌いな庄崎咲桜凛のために、善意で一肌脱がなければならないのよ」


「えぇ……」

さおちゃんをステージに立たせる後押しをするために説得していたのだと思っていたのに、大嫌いとは一体どういことなのだろうか。怪訝そうな表情のわたしに向かって、ミミミちゃんがゆっくりと話し出す。


「ねえ、あたしが前に同日開催した日のライブであの子の所属してるグループに観客動員数で負けたの知ってるの?」

「え? ……知りませんけど」

わたしが困惑気味に答えると、ミミミちゃんは呆れたように笑った。


「なら、言わなければ良かったわね」

わたしも愛想笑いを返す。

「でも、それとさおちゃんの家に行ったのと、何の関係があるんですか?」


「そりゃ、このまま去られると、負けたままになって気分が悪いからに決まってるでしょ? あたしの理想は目の前であたしの方が庄崎咲桜凛に勝っていることをきちんと見せつけたうえで、あいつにアイドルを辞めるか、恋を諦めるか選択させること。少なくとも、そんな誰のために歌っているのかわからないような、あやふやでふざけた気持ちでステージに立たれたら気分が悪いわ」

「さおちゃんはふざけてないです。真面目に頑張ってますよ!」


さおちゃんは中学生の頃からミミミちゃんのライブを見て、ミミミちゃんみたいな素敵なアイドルになるために、歌もダンスも頑張ってきたのだ。そんなさおちゃんのことをバカにするようなことを言われると、さすがにミミミちゃん相手でも反論したくなる。そんなわたしの言葉を聞いて、なるほどね、とミミミちゃんはクスッと笑った笑った


「あなた、何も気づいていないのね。結構鈍感さんなのかしら?」

「気づいてないって、何が……」

わたしが困惑していると、ミミミちゃんは「そうね……」と呟きながら、視線を宙に向けて何かを考えていた。

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