第23話 推しとの家庭訪問 3
落ち込んでいるわたしの肩の上に、ミミミちゃんが静かに手を置いた。そして、玄関ドアに向かって声を張り上げる。
「ねえ、庄崎咲桜凛、聞こえてる? 仮にもアイドルなんだったら、拗ねてないで、ちゃんとステージで勝負しなさいよ!」
さおちゃんは家に入ってしまったのに、みみみちゃんは気にせず声を出した。さおちゃんからの反応は期待できないだろうな、と思ったのに、中からさおちゃんの声が聞こえてきた。
「別に、ファンの前で輝かなくてもいいもん……。わたしを見て欲しい人は、たった一人だけだから……」
ミミミちゃんと違って弱々しい声で、とてもネガティブなことを言う。こんな言葉、シュクレ・カヌレのファンの人たちには絶対に聞かせられなかった。
「そんなこと言っちゃダメなんじゃ……」とわたしは小さな声で言ったけれど、ミミミちゃんはわたしの言葉を気にせずにさおちゃんに話しかけた。
「たった一人のために歌って踊るなんて、あたしには信じられないわね。庄崎咲桜凛のそんなところもあたしは大嫌いだわ。今をときめくシュクレ・カヌレのセンターの発言として週刊誌にリークしてやろうかしら」
「や、やめてくださいよ!」とわたしが止めたのに、さおちゃんは、「別に、好きにしたら……」と投げやりな言葉を玄関ドアの向こう側から出す。
「張り合いがなくてつまらないわね。やっぱり庄崎咲桜凛を慌てさせるにはこれしかないのかしら」
ミミミちゃんが小さくため息をついた。さおちゃんが慌てることを瞬時に思いつけるあたり、きっとライバルのアイドルとしてさおちゃんのことをたくさん研究しているのだろう。プロフィールの苦手なものまできちんと把握しているに違いない。一体ミミミちゃんはさおちゃんのどんな弱点を突いてくるのだろうかと、他人事みたいに考えていた。
「さおちゃんの弱点に詳しいんですね」
「あなたが鈍すぎるんじゃない?」
「へ?」
のんびりと首を傾げている間に、ミミミちゃんがわたしに抱きついてきていた。
「ちょっと、何を——」
慌てふためくわたしのことなんて、ミミミちゃんは待ってくれない。次の瞬間、ミミミちゃんの唇がわたしの首元に触れた。
「え……。え?」
まるで首元が発熱しているみたいに熱くなっていく。顔が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。
「今、キス……、しましたよね?」
さすがに推しのアイドルに首元に口付けをされるなんて、いくら近くにさおちゃんがいても、ときめいてしまう。ごめんね、さおちゃん!と心の中で必死に謝った。
けれど、わたしにキスをした張本人であるミミミちゃんは、困惑しているわたしのことはすでに見ていない。彼女が見ているのはわたしの背中越しにあるチョコレート色の重たそうな玄関のドア。正確には、その向こうで音だけ聞いているであろうさおちゃんのことだけだった。わたしの首元にキスをしたことなんて、もう忘れているのかもしれない。
そして、ミミミちゃんのキスはなぜか効果を発したみたいだった。
「ミミミ、ほんっとあんたって……」
歯軋りの音が聞こえてきそうなくらい歯を食いしばって苛立っているのがわかる。そして、次にわたしの方にやってくる。
「ねえ、嬉しかったの? 杏子ちゃんはこいつにキスされて嬉しかったの?」
取り乱すさおちゃんのことを見て、ミミミちゃんが冷たい目で見つめる。
「哀れね」
「何よ! わたしの杏子ちゃ……、親友にキスをして、どういうつもり!」
なおも取り乱し続けているさおちゃんの方に、ミミミちゃんがゆっくりと近づいて、顎をそっと指で掴んで、視線が合うようにクイッと顔を上げさせた。
「もう一度、教えてあげる。あなたがもう一度キョーコさんからの愛を自身に向けさせたいのなら、ステージに立ちなさい。あなたが一番輝いている姿、見せてあげなさい。それが一番効果的だから」
「見せたって、杏子ちゃんは、わたしのことは見に来てくれないもん」
「来させる」
「え?」
「あの子はあたしとあなたのことをとっても強く応援してくれてるわ」
「もうわたしのことはしてくれてないよ……」
「してるわ」
「してないよ……」
「してる」
カカオ99%のチョコレートみたいに苦味溢れる声には有無を言わせぬ強さがあった。普段ステージでみんなを笑顔にしている明るさに満ちたミミミちゃんと同一人物とは思えないような深みのある声だった。そんなミミミちゃんがゆっくりとさおちゃんに提案をする。
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