第22話 推しとの家庭訪問 2

「え? え? ええええええ!?」

ミミミちゃんが突然唇を近づけてきて、キスをしようとしてきたのだ。ファーストキスが推しとなんて、あまりにもヤバすぎる! 


とはいえ、さおちゃんの目の前でそういうのはちょっと……。わたしはさおちゃんに嫌われるなんて絶対に嫌だった。危うく理性が飛んでしまいそうになったけれど、なんとかミミミちゃんからさおちゃんに意識を向けようとした。


わたしはキスを中断させようとしたけれど、それより先にさおちゃんが慌ててこちらに向かって、わたしたちを薪を割るみたいにして剥がそうとする。ほとんどタックルの要領で、大慌てで間に割って入った。


「何で受け入れてんの!!! バカァ!!! 杏子ちゃんのバカァ!!!」

さおちゃんはわたしの方をキッと睨んだ。


「ちがっ、違うよ、さおちゃん……」

しどろもどろで言い訳をしようとしたけれど、さおちゃんが捲し立てるように言葉を続けて、わたしの言い訳をかき消した。


「ミミミがわたしのこと動揺させようと思って杏子ちゃんにちょっかいかけるのは別に想定内だけど、ミミミにキスされかけて嬉しそうな杏子ちゃんは想定外だよ!」

さおちゃんは瞳を潤ませながらわたしの方を睨みつける。


「そ、そう言うわけじゃなくて……」

ミミミちゃんがキスをしようとしてきて、ドキリとしてしまっていたのも事実だから、わたしは強く言えなかった。


ミミミちゃんは自分の唇に人差し指を当てながら、さおちゃんに顔を近づけた。身長差のある2人だから、ミミミちゃんは少し身を屈めてさおちゃんと話す。


「残念だったわね。あなたの大好きなキョウコちゃんは、わたしにゾッコンみたいよ」

「いえ、別にゾッコンなわけじゃ……」

「あら、あたしのこと推してくれてないの? 悲しいわ」

「……推してはいますけど」

そんな曖昧な態度を取っていると、今度はさおちゃんがわたしのことを寂しそうに見つめてくる。


「やっぱり杏子ちゃんは、ミミミのことが好きだから、わたしを推さなくなったんだね……。わたしはミミミとの勝負に負けちゃったってことなんだね……」

「そう言うわけじゃないよ」と否定するわたしの声をかき消すみたいに、ミミミちゃんのよく通る声が被さる。


「当たり前じゃないの。あなたとあたしじゃアイドルとしての格が違うもの。キョーコさんが、あなたを見捨ててあたしを推したくなるのは仕方ないことだわ」

ミミミちゃんは勝ち誇ったようにさおちゃんのことを見下ろしていた。


「えっと、違うよさおちゃん」と言い切る前に、さおちゃんのボイストレーニングを経てよく通るようになった声がわたしの声をかき消す。

「ミミミには聞いてないんだけど! わたしはあくまでもさおちゃんに聞いてるの! 黙ってて!」


さおちゃんが明らかに苛立ちながらミミミちゃんの方を涙目で睨んだ。推しと推しだった子、2人のアイドルがわたしの取り合いで喧嘩を始めるなんて、一体どんな状況なのだろうか。夢なのか現実なのか、よくわからなくなってくる。


「あたしに聞いていなくても、あなたのライブよりもわたしのライブを選んだのは事実なわけだし、わたしに喧嘩を売ったところで、キョーコさんの感情は何も変わらないと思うわよ?」

「それは……、そうだけど……」

さおちゃんは、ミミミちゃんの言葉に何も返せずに俯いていた。


「話をややこしくしないでくださいよ」

わたしが恐る恐る2人に話しかける。

「あら? 別にややこしいことは言ってないと思うけど。あたしは事実を言っているだけよ」


確かにわたしがさおちゃんのライブには行かずに、ミミミちゃんのイベントに行ったのは事実だから、どう返せば良いのか悩んでいると、さおちゃんはくるりとこちらに背を向けてしまった。


「もういい……」

さおちゃんは、拗ねた子どもみたいにトボトボと玄関に向かっていった。その後ろ姿が寂しそうで、見ていられなくなる。

「待って、さおちゃん……」

わたしの声に反応して、さおちゃんはゆっくりとこっちを振り返った。落ち込んで猫背気味になっていたから、元から小さなさおちゃんの体はもっと小さく見えた。


呼び止めたものの、うまい言葉が出て来なかくて、モゴモゴしてしまう

「何?」

さおちゃんは小さな声で返す。


「えっと……、わたし、ステージで輝いてるさおちゃんが好きだから、活動再開したらどうかなって……」

「活動再開しても、ミミミのライブに行くんでしょ? もうわたしのライブに来てくれないんでしょ?」

「それは……」

本当はさおちゃんのライブに行きたい。でも、行くとわたしはまた息が苦しくなってしまう。


もはや住む世界が違うわたしとさおちゃん。そんな距離の離れたさおちゃんのことをステージの下からみると胃がキュッと締め付けられてしまうから、直視できないのだ。わたしとさおちゃんの心の距離がどんどん離れていってしまっていることを、嫌でもわからされてしまうから。ずっと近くにいてほしいさおちゃんが、どんどん遠くに行ってしまっていることをわからされてしまうから……。


わたしが返答に困っていると、さおちゃんは悲しそうな瞳でわたしを見つめる。

「なんで否定してくれないの……?」

せっかく振り返ってくれたさおちゃんは目の涙を雑に拭ってから、またこちらに背を向けて、さっさと家の中に入ってしまった。うまく説得できなかった自分への嫌悪感が募ってしまう。

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