第18話 推し変 2

「ねえ!! なんで今日ミミミのライブに行ったの?」

えっ、と言葉に詰まる。電話をしてきたさおちゃんの声は涙声になっていた。どうして今日ミミミちゃんのライブに行ったことを知っていたのかはわからなかった。


「わたしのこと推してくれるんじゃないの?」

もう推すのはやめたよ、なんて言えるわけもなく、わたしは黙り込んでしまっていた。


「ねえ、何か答えてよ……」

さおちゃんの声にどんどん勢いがなくなっていった。お互いに静かになってしまったから、さおちゃんの荒れた呼吸音だけがスマホ越しに聞こえてくる。何を言えば良いのかわからなかったけれど、何かは言わなければならない。わたしは静かに尋ねる。


「ミミミちゃんのライブに行ってたって誰に聞いたの……?」

「ミミミ本人が連絡してきたんだよ!!!」

叫ぶみたいな声を出してきたので、思わずスマホから耳の距離を離してしまう。


「ミミミちゃん本人ってなんで知ってるの?」

ライブを見に行ったのは事実だけれど、わたしは直接ミミミちゃんに会っているわけではない。一体どこで見たのだろうか……。わたしの疑問を聞いて、さおちゃんが苦しそうな声を出す。


「ステージから見たんでしょ。気になっている子のことは遠くからでもわかるんだから……!」

「ミミミちゃんがわたしのことなんて気になってるわけないでしょ……」

「杏子ちゃんはファンが少ない頃からミミミのライブに何度も行ってたんだから、覚えてるんでしょ」

「でも、そんな、ライブ行ってるだけで、ミミミちゃんがわたしのこと気にするわけ……」

わたしが困惑していると、さおちゃんが小さく呟いた。


「否定、してくれないんだ……」

「え……?」

「わたし、杏子ちゃんがミミミのライブなんて言ってないよ、忙しくて行けてないよって、そう言ってくれると思ってた。わたしのライブ以外、行けないよって、そう言ってくれると思ってたのに……! なんでなの!!」

わたしが何も答えられずにいると、苛立った声でさおちゃんが続ける。


「『この間ワッフルのお店であなたと一緒に同席してた子、あなたのライブじゃなくて、あたしのライブに来てたわよ。あなたのお友達、あなたのライブよりあたしのライブが見たいらしいわね』って……! それで、どうせミミミの嫌がらせの嘘だと思ったのに、ほんとに行ってたんだね……!」


さおちゃんが鼻を啜り出した。嗚咽しているさおちゃんに何を言ったら良いのか、わたしにはわからなかった。黙っていると、またさおちゃんが続ける。

「ねえ、来週のライブには来てくれるんだよね? わたし、今すっごく頑張ってるから——」

「ごめん、来週はミミミちゃんのお渡し会があるから、行けない…… 」

言葉を遮ってしまった。


「ねえ、なんでミミミなの? わたしのこと、一番推してくれてるんでしょ?」

さおちゃんはずっと必死に伝えてくれている。これ以上、話を続けるのが辛くて、わたしはポツリと言ってしまう。

「ごめんね、わたしさおちゃんのこと推すのやめたから……」


わたしの言葉を聞いて、さおちゃんの呼吸がさらに荒くなっているのがわかった。まるで、耳元で呼吸をしているかのような、荒れた吐息の音が聞こえてくる。


「なん……で……?」

「さおちゃんは、わたしよりも、もっとみんなから愛された方がいいから……。ほら、わたしたちいっつも一緒にいたから、さおちゃんはもっとみんなに魅力をわかってもらった方がいいからさ……」


咄嗟に適当な嘘をついた。どんどん距離の離れていくさおちゃんを見るのが辛いから、と伝えると嫉妬みたいになってしまって恥ずかしいから言えなかった。できるだけ綺麗な理由を考えたつもりだったけど、さおちゃんの剣幕は収まらなかった。


「杏子ちゃんが愛してくれなきゃ意味ないじゃん……!」

「そんなことないと思うよ。さおちゃんはもうみんなのアイドルなんだから」

「意味わかんないよ!」


さおちゃんの金切り声が聞こえた後、通話は切れてしまった。それから、さおちゃんからの連絡は来なくなってしまった。


そして、その翌週、さおちゃんがシュクレ・カヌレでの活動を休止することをSNSで知ることになるのだった。奇しくも、ミミミちゃんのフォトブック発売イベントであるお渡し会に行った日に。

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