第17話 推し変 1

ライブ会場で聴く彼女の歌声と、遠くからでも躍動感のあるダンス。さおちゃんを推している間にも家でよく見ていたはずなのに、なんだか久しぶりに見たような気がした。やはりスマホやBlu-rayで見るのとは違う、生の迫力。良い席が取れなくても、彼女の凄さは理解できた。


昔と同じように歓声や熱気に包まれたライブ会場で、わたしは全力で声を出していた。もっとも、わたしが推し始めた頃とは比にならないくらい会場の規模は大きいけれど。この頃ライブには行けていなかったけど、コーレスは完璧に把握しているつもりだ。曲もSNSもきちんと追い続けていた。実際のライブに行けない時間も、動画の中では彼女のことを継続的に見ていたから、ライブの様子は把握していた。


だけど、やっぱり本物は舞台に映える。画面越しでみる彼女とは全く違う。圧倒的な技術力はわたしが何年も推し続けていただけある。


「ミミミちゃーん!!!」


観客席から必死に声を出した。満面の笑みでこちらを見てくれている様子は、なんだかわたしの方を意図的に見つめてくれているみたいで嬉しかった。ミミミちゃんは会場のお客さん全員に視線を送るみたいに、ライブの中で色々な場所を見て、微笑んでいた。ミミミちゃんはアイドルを極めているから、みんなのことを満遍なく見ることができるに違いない。


そういえば、さおちゃんもライブ中にわたしの方見ててくれたっけ……。


久しぶりに見るミミミちゃんのパフォーマンスに意識を集中させていても、どうしてもふとした瞬間に頭の中にはさおちゃんの無邪気な笑顔が浮かんでしまう……。


今まで週末はどんな些細なイベントであっても、さおちゃんの方を優先してきた。さおちゃんとミミミちゃんの両方を追いかけるのは、高校生の財布事情では厳しかったから、ここ数年はリアルの会場ではずっとさおちゃんだけを見てきた。だから、さおちゃんのイベントに行かなくなった今になって、ようやくミミミちゃんのイベントに行けるようになったのだった。


今頃同じ時間にはさおちゃんもライブをしているはずだった。さおちゃんのライブも気になっていたけれど、必死に考えないようにした。今頃さおちゃんは、わたしがライブを見に来ていると思っているのだろうかと思うと、申し訳なくなった。


どこにもいないわたしの姿を広い客席の中から探し出すさおちゃんのことを考える。やっぱり、ライブにはもう行かないことは先に伝えておいた方がよかったのだろうか……。


そんなことを考えてしまい、慌てて頭を横に振った。少し油断をすると、すぐにさおちゃんのことを考えてしまう。わたしは必死にミミミちゃんの方に意識を向け直す。


せっかくの久しぶりのミミミちゃんのライブなのだから、今日は何も考えずにミミミちゃんを見る時間を楽しむべきだ。わたしはただミミミちゃんのことだけを見て、必死にサイリウムを振り続けた。


終わってから、スマホを見ると、さおちゃんからのメッセージが入っていた。

『ごめん、杏子ちゃん。今日どこにいるのか見つけられなかったよ……』

『今日は行けなかったから、大丈夫だよ』


行ったふりをしてあげた方が良かったのかもしれないけれど、行っていないのに行ったと言ってごまかしたら、いよいよさおちゃんに対して裏切っているみたいで申し訳ないから、それはできなかった。


『そっか。今日は都合がつかなかったんだね』

『うん。別の用事が入っていたから』

それで一度は話が終わった。


わたしは家に帰ってから、久しぶりのミミミちゃんのライブを反芻するみたいに、大好きなミミミちゃんのフォトブックを眺めていた。ミミミちゃんのことを考えていないと、頭の中がさおちゃんでいっぱいになってしまいそうだったから。


持っているのは、まだミミミちゃんが中学時代の時のものだけど、このときからスタイルは良かった。来週にはミミミちゃんが新作のフォトブックを出すのだ。わたしは当然買うし、さおちゃんを推さなくなった今は、お渡し会のイベントにも行ける。ミミミちゃんのイベントに参加するなんてなんていつぶりだろうか。


この間はさおちゃんと一緒のときにプライベートのミミミちゃんを見たから、姿を覚えられていたら気まずいな、とは思う。けれど、そのときのわたしはモブだったし、まあ大丈夫だろう、なんて思いながら再来週のことに妄想を膨らませていると、さおちゃんからメッセージアプリに着信があった。なんだろうかと思ってのんびりと電話に出た瞬間に、さおちゃんの叫び声に近い、悲しそうな声が聞こえてきたのだった。

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