第14話 あの子との遭遇 2
「あら、奇遇ね。庄崎咲桜凛さん」
スラリと長い手足に、切長のかっこいい瞳。目の前にさおちゃんがいるというのに、ついつい目を奪われてしまう。ただ存在しているだけで放たれるオーラにわたしは自然と半歩ほど椅子をずらして後退りしてしまう。あまりのことに訳もわからなくなってしまい、その子の名前を呼ぶまでにかなり時間がかかってしまった。
「ミミミちゃん……!?」
突然現れたミミミちゃんの姿に、わたしの中でのさおちゃんへの複雑な気持ちは一旦横に置いておかれることになった。それにしても、さすがさおちゃん、ミミミちゃんに存在を認知されているなんて、凄すぎる!
だけど、当の声をかけられたさおちゃん本人は、不貞腐れた声を返した。
「誰だっけ」
ミミミちゃんの方を見ることもなく、興味なさげに対応していた。ミミミちゃんの麗しい表情がほんの一瞬崩れたのがわかった。さおちゃんの雑な態度に苛立っているのがわかり、わたしは取り乱してしまう。
「さ、さおちゃん、ミミミちゃんだよ。昔一緒にライブ行ったでしょ?」
わたしは慌てて身を乗り出して、机ごしのさおちゃんに耳打ちをする。まあ、耳打ちにしては声が大きくなってしまったから、ミミミちゃんにも多分聞こえていそうだけれど。
さおちゃんは、小さな声で「そうだね」と頷いた。ミミミちゃんはさおちゃんにとってもアイドル活動を始めるきっかけになった子なのに、随分と無愛想に返事をしている。緊張のあまり塩対応になっているとかでも無さそうだし、一体どうしちゃったんだろうか。
「で、そのミミミが何のようなの?」
さおちゃんが終始雑にあしらうから、ミミミちゃんは小さく舌打ちをした。普段ステージで笑顔を絶やすことのないミミミちゃんが苛立っていた。そんなミミミちゃんの姿を初めて見てしまった。けれど、苛立っている姿も、それはそれで可愛らしい。
「用なんてないわよ。ただ、庄崎咲桜凛を見かけたから挨拶してあげただけ。これから一緒に最前線で活動することになると思ったから、声かけてみたけど、見込み違いみたいね」
「勝手にそんなこと思われても困るんだけど。それに、わたしが活躍するかどうかはミミミが決めることではないし」
昔からトップレベルで活動しているミミミちゃんにこれだけ評価してもらっているのに、なんと勿体無いことをしているのだろうかと、他人事ながら心の中で慌ててしまう。とはいえ、高みにいる二人の喧嘩を、わたしが仲裁することなんてできず、さらに悪くなった空気感の中、交互に2人を見つめることくらいしかできなかった。
「まあ、いいわ。またきっと庄崎咲桜凛とはどこかで会うことになるでしょうし」
「わたしは会いたくないけれどね」
最後まで悪態をつくさおちゃんに、ミミミちゃんは一瞬睨んでから、わたしには打って変わって、いつもの周囲を元気にする明るい笑顔を向けてきた。これはきっと外向けの笑みなのだろう。いつもさおちゃんがファンの人の前でしているようなやつ。
「あなたにもきっとまたどこかで会えると思うわ」
「わ、わたしですか!?」
ミミミちゃんは、ええ、と優しい笑顔で頷いてくれた。ミミミちゃんがわたしに会えるかもしれないと言ってくれるなんて、嬉しかった。アイドルとしてのファンサービスということはわかっているけれど、幸せいっぱいになる。これは、またミミミちゃんのライブに行かなくては、と思わされる。
わたしとミミミちゃんのやり取りを見ながら、さおちゃんは苛立った声を出す。
「目障りだから、さっさと帰ってよ」
「言われなくても帰るわよ」
せっかく柔らかい表情を向けてくれていたミミミちゃんは、また不機嫌そうな声で返事をした。
ミミミちゃんはこちらに向かってきたときの優雅な佇まいとは打って変わって、カンカンと賑やかにヒール音を立てながら去っていく。周りからは、「あれミミミちゃんじゃない?」というような声が続々と聞こえてきていた。その声が大きくなるにつれて、ヒール音は小さくなっていく。色々な方向に笑顔を向けながら、ミミミちゃんは去っていったのだった。
彼女が去ってからも、目の前で見たミミミちゃんの美しさに思わずぼんやりとしてしまっていた。現実感がなくなってしまっている。そんなわたしに、さおちゃんが呆れたように尋ねる。
「ふうん、ミミミのことそんなに好きなんだね」
「そりゃ、小学生の頃からの推しだから、好きに決まってるよ! ずっと遠くから眺めていたミミミちゃんが、あんなに近くでわたしに話しかけてくれたんだぁ……」
わたしが両頬を押さえながら答えると、さおちゃんは口を尖らせた。
「わたしのこと、推すって言ってくれたのに……」
「もちろん、さおちゃんのことは推してるってば」
「本当に?」
「本当だって……」
声は少し小さくなってしまった。正直、さおちゃんのことをこれまでと同様に純粋に推していけるのかどうかは定かではなかった。今の離れていくさおちゃんがさらに人気になっていくことは怖かった。これ以上素直な気持ちで応援できるかは怪しかった。それに、わたしの中で、さおちゃんに対する感情が変わりつつあったし……。
「まあ、いいや……」
さおちゃんは小さくため息をついてから、不機嫌さそのままに、席を立つ。
「悪いけど、わたし先に帰るね」
「え……」
「ちょっと疲れちゃった」
有無を言わさぬ声色で言われてしまうと、わたしはそれ以上何も返せなくなってしまった。
さおちゃんは、一口分だけフォークに刺したまま残っていたワッフルを乱暴に口の中に入れてから、財布から千円札を2枚取り出して机に置いて帰った。止めることもできずに、去っていくさおちゃんの後ろ姿を見送ってから、わたしは黙々と残っていたワッフルを食べ続けた。
辛そうなさおちゃんのことを見ると、なんだか胃がキュッとなって、体が重たくなってしまうような気分になる。さおちゃんのそばにいてあげたいけれど、先ほどの会話の雰囲気からして、さおちゃんはきっとわたしのそばにはいたくないのだろうし。一番そばにいてあげたいのに、心の距離はどんどん離れていってしまっているのだった。
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