第13話 あの子との遭遇 1

有名になっていくさおちゃんのことを見るのはもちろん好きだったし、応援をしている。そのはずなのに、さおちゃんが日に日に知名度を上げていくのと比例して、わたしの心のモヤモヤも大きくなっていく。


その日は、わたしは都内の音楽番組の観覧席を当てることができて、ワクワクしながら観客としてさおちゃんを見つめていた。音楽番組で話を振られて軽快にトークをしているさおちゃんは、普段よりも大人びて見えた。シュクレ・カヌレのリーダーとして、しっかりとした振る舞いを見せている。


さおちゃんは普段の緩い様子とは違い、別人みたいにあざとい仕草や喋り方を作りながら会話をしている。まるでわたしの知っているさおちゃんとは別の子がそこには座っているみたいで、少し違和感があった。間違いなくさおちゃんなのに、さおちゃんじゃなく見える。


でも、お人形みたいな見た目をした可愛らしいさおちゃんには、少し甘ったるいくらいがちょうど似合っているのかもしれない。チョコレートにキャラメルをかけたみたいに、甘さと甘さを重ねていても魅力がしっかりと増幅されている。シュクレ・カヌレとしてのさおちゃんはそんな感じだ。


無事に収録が終わったので、わたしはさおちゃんと待ち合わせてテレビ局の近くのカフェに立ち寄った。ワッフルが有名なお店で、さおちゃんが何度も何度もわたしに食べさせてあげたいと言ってくれていたお店だった。


「すごいね、さおちゃん。あの番組、本当に収録とか存在してたんだね」

いつもテレビ越しで見ていた有名な音楽番組だったから、収録がわたしたちの世界と地続きの場所で行われていることが不思議な感じもした。どこか遠くの、わたしたちとは関係ない異世界で収録されているような気がしていたのに、それを目の前で見ても、現実感がなかった。ましてやそこによく知っている子が出ているなんて。


「収録されてるに決まってるでしょ? 収録されてなかったらどうやってテレビで流してるの……」

さおちゃんが苦笑していた。


「なんかすごいね、さおちゃんどんどん有名になってく」

「わたしも、なんだかまだ変な感じ」

さおちゃんがメニュー表を見ながら生返事をしていた。心はすっかりワッフルにとらわれてしまっているらしい。


「ここのワッフル、ふわふわサクサクで美味しいんだ。そこにチョコレートソースがかかって、口の中で甘みがしっかりと広がっていくんだよ!」

さおちゃんは、アイドル活動の話よりも嬉しそうにワッフルのことを語っていた。さおちゃんの嬉しそうな顔から、美味しさは理解できた。


わたしもさおちゃんと同じワッフルを注文する。お皿の上に乗ってやってくる美味しそうなワッフル。温かいワッフルの上でドロリと溶けたチョコレートがかかっている様子は、どう見ても美味しそう。甘いチョコレートの香りが鼻先をくすぐった。


「すごいね。チョコレートが染み渡ってる」

一口食べた瞬間に、チョコレートの風味が口の中いっぱいに広がる。後からやってくるワッフルの甘みと合わさって、とっても甘美な味ができあがっていた。

わたしの反応を見て、「でしょ!」と嬉しそうにさおちゃんが同意する。


「わたし本当は音楽番組よりもグルメ番組に出たいなぁ」

クスッと悪戯っぽく笑いながら、さおちゃんが言う。

「それで、美味しいものいっぱい食べて、杏子ちゃんに美味しいお店をいっぱい教えてあげたい!」

「それは嬉しいな」

まあ、美味しいご飯がついていなくても、さおちゃんと一緒にいられるだけで嬉しいのだけれど。


さおちゃんは美味しいワッフルを食べているせいか、いつもよりも笑顔になっている時間が長かった。このところ、テレビ越しの作り笑顔や、疲れているような笑顔ばかり見ていたから、こうやって心の底からのさおちゃんの笑顔をたくさん見られるのは嬉しかった。


2人だけの平和な時間は楽しいけれど、もはや人気アイドルになってしまっているさおちゃんと、自分なんかが一緒に楽しんで良いのだろうかという気持ちも湧いてくる。いつの間にか、わたしたちの住む世界はまったく別のものになっている気がする。


不安になった。さおちゃんは、このままわたしなんかと仲良くしてくれるのだろうか。きっと、周りに素敵な人がいっぱいいるはず。さおちゃんは、そのうちわたしから離れていっちゃうんだろうな……。そう思うと、とっても怖くなってきた。この先も変わらずさおちゃんを推し続けられるのだろうか。


「ねえ、さおちゃんはいつまでわたしと仲良くしてくれるの?」

「どういうこと?」

口に運ぼうとしていたフォークの手が止まっている。怪訝そうな目つきでこちらをみつめるさおちゃんに少し気圧されそうになる。


「さおちゃんが有名になったのに、ずっと仲良くしてもらうのなんだか悪いなって」

「言ってる意味がわからないけど……」

せっかく楽しそうに笑っていたさおちゃんの表情が曇った。わたしの大好きなさおちゃんの笑顔を、他でもない、わたしが曇らせてしまった……。


ついさっきまでの楽しい時間に静寂が訪れてしまう。不要な質問をしてしまったことを後悔する。ごめんね、と謝って話題を変えようとしたときに、顔を上げたら、さおちゃんの背中側から人が近づいてきていた。もちろん、店内の通路を誰かが歩くことなんて普通のことなのだけれど、その歩いてくる人物が普通では無かったから、わたしは緊張してしまう。こちらに近づいてくる人影を見つめながら、息を呑んでしまっていた。

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