第12話 離れていく距離 2
「ありがと、杏子ちゃん、今日は楽しかった。久しぶりにリフレッシュできた感じがしたよ!」
お店の外に出て、さおちゃんは大きく伸びをした。
「明日はライブ無いけど、お休みになるの?」
「明日はライブ自体はお休みだけど、福岡に移動しないといけないから、ゆっくりはしてられないんだよね」
「あんまり無理しちゃダメだよ」
「ムリなんてしてないよ。わたし、杏子ちゃんが推してくれるならいくらでも頑張れちゃうから!」
さおちゃんはこのまま駅から15分ほど電車に揺られて、シュクレ・カヌレの泊まっているホテルでメンバーと合流するらしい。夜から打ち合わせがあるらしい。
「じゃあ、また落ち着いたら一緒に遊ぼうね」
駅について、改札の前でさおちゃんが両手でわたしの手をギュッと握ってくれた。さおちゃんに優しく手を包んでもらうと、このまま別れるのが惜しくなってしまう。
「ねえ、さおちゃん……」
「ん?」
「もう1本だけ、電車遅らせてもらってもいい?」
わたしはわがままを言ってしまった。そんなわたしの言葉を聞いても、さおちゃんは二つ返事で「大丈夫だよ」と頷いてくれた。急行は10分に1回くるから、さおちゃんとはもう10分だけ一緒にいられる。
「でも、どうしたの? わたしともうちょっと一緒に居たくなったとか?」
さおちゃんは冗談っぽく聞いてきたけれど、わたしはうん、と小さく頷いた。
「そっか……」
さおちゃんは、わたしの手を握る力を強めて、静かに手を握り締め続けてくれていた。わたしたちはただ何もせず、改札口から少しだけ離れた、周りから目立たない場所に移動して、じっと手を握り締めあっていたのだった。
こうやって、一緒の時間を過ごしているさおちゃんは、わたしのよく知っている優しくて身近な存在であるさおちゃんでいてくれて、とってもホッとする。だけど、一度ステージに立つと、わたしの住んでいる世界とは別のところにいるみたいな、特別感のある子になってしまうのだった。
ライブの日に、ワッと湧き上がるステージの上で、たくさんの観客の視線を浴びながらマイクを持って歌うさおちゃんは、わたしとはまったく別世界の人間に見えてしまう。デビュー当初はすぐ目の前で歌っていたさおちゃんは、いつしか姿が見えないくらい遠くで歌うようになっていた。つい先日一緒にラーメンを啜っていた友達とは思えないくらい、遠い場所にいる。
福岡のライブには行けなかったけど、その次にあった名古屋でのライブには参加した。これで、東京に続きこのツアー2度目のさおちゃん。遠征費だけでそれなりの金額になってしまったけれど、それでもさおちゃんを推すために使うお金なのだから、悔いなんてものはない。
もはや、人気アイドルグループ『シュクレ・カヌレ』のライブで最前列のチケットを取るのは難しく、いつも後ろの方の席からさおちゃんを見つめていた。わたしからさおちゃんの方を見るのが難しいような遠い距離からでも、さおちゃんはわたしのことを見つけてくれたかのように振る舞ってくれるから、嬉しかった。
多分気のせいだろうけれど、さおちゃんはわたしの座っている方を見てパフォーマンスをしていることが多いように感じられた。それに、ライブのアンコール曲が終わって去って行く時に、ファンの人たちに手を振って回るときには、いつもわたしに向かって手を振ってくれているようにも感じられた。きっと、わたしがさおちゃんに対して特別な意識を向けすぎているせいで、自意識過剰になってしまっているのだろうな、とは思っている。
目が合ったように感じた時に手を振ってくれたときには、わたしは「サオリーン!!」とサイリウムを持った手を振って返した。色はもちろん、さおちゃんのイメージカラーの黄色。さおちゃん、と呼びたいけれど、そう呼んだら悪目立ちしちゃいそうだから、みんなに紛れるようにする。親友としてではなく、あくまでもファンとしてさおちゃんを応援していたのだった。
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