第11話 離れていく距離 1

わたしの予想どおり、さおちゃんも『シュクレ・カヌレ』も順調に成長していった。メディアへの露出も増えてきて、じわじわとローカルアイドルが全国区へのアイドルへと駆け登っていているのをテレビ越しに見ていた。もちろん、ライブには行き続けていたけれど、チケットが抽選になっていたから、当たらないこともあり、毎回行けるわけではなくなっていた。


さおちゃんはどんどん遠い存在になっていっていて、寂しかった。それでも、なんとか忙しい合間を縫って、時間を作ってわたしと会ってくれるさおちゃんは優しい子だと思う。ただ、わたしなんかにわざわざ会ってもらって、申し訳ない気分もあった。その日も、さおちゃんはライブツアーの合間を縫って、わざわざわたしと一緒に会ってくれたのだった。


「ごめんね、遅くなっちゃった!」

ヒールの靴を履いて、少し走りにくそうにしながらも、さおちゃんは慌ててわたしの元へとやってくる。先っぽにリボンのついたダブルストラップのパンプスは、少しあざとい気もしたけれど、さおちゃんにはとても似合っていた。実際に会うさおちゃんは、テレビ越しであったり、ライブ会場で遠くから見たりするときよりも、ビックリするくらい可愛らしい。


今日は外で一緒に晩御飯を食べる約束をしていたけれど、さおちゃんは音楽番組の撮影が長引いたから遅くなるというメッセージをくれていた。

「行こっ!」

ヒール靴を履いたさおちゃんは、いつもよりも背が高くて、わたしとほとんど変わらないくらいの背丈になっていた。グッと顔を近づけられたから、わたしは思わず、一歩引いてしまった。可愛らしいさおちゃんの顔は、間近で見ると心臓が普段の倍くらいの速度で動いてしまう。わたしは視線を逸らしながら、「行こっか」と意図的にそっけなく返した。


「最近忙しいんじゃないの?」

「ちょっとだけね」

シュクレ・カヌレは先日から全国5カ所でのライブツアーも始まったところであり、本当ならわたしと会っている場合ではないのだと思う。それでもわざわざ会ってくれる時間を作ってくれるさおちゃんは、やっぱりとても優しい子なのだ。今日はそんな優しさに甘える。この頃すっかり遠い存在になっていたさおちゃんと久しぶりに2人きりの時間を作れるのだ。そう思って、ウキウキしながらさおちゃんと歩いていたのに……。


「ねえ、あの人シュクレ・カヌレのサオリンじゃない?」

少し離れた場所からヒソッと声がした。もう顔を指されるくらい有名なのかと思うと、すぐ横を歩いているはずのさおちゃんが、とっても遠くを歩いているみたいに感じてしまった。せっかく2人でいるのに、わたしのよく知っているさおちゃんと一緒には歩いていないみたいだ。テレビ越しにアイドルとしてのさおちゃんを見ているような、そんな気分になってしまう。それが辛くなった。


「こっちの道から行った方が近いかも」

わたしは意図的に、人通りの少ない道の方にさおちゃんを誘導した。まるで逃げるように、わたしはさおちゃんの手首を引っ張って、狭い道の方へと歩いていった。さおちゃんは、「じゃあ、こっちから行こっか」と言って、わたしについてきてくれたのだった。そうやって、10分ほど歩いてお店に着いたのだった。


「でも、ラーメンなんてすごい久しぶりだな」

お店に入ったさおちゃんはクスッと笑った。市内に3店舗ほどの店を構えるラーメン店。あっさり目の味は女性にも好評で、女性客もわたしたち以外にも何人もいた。


「中学の時には何回か行ったよね」

「そうだよ。お仕事するようになるまで杏子ちゃんとは何回か行ったけど、今は全然行けてないや。油物はお肌に悪いし、高カロリーは原則摂取禁止だから、最近はラーメンなんてほとんど食べなくなってる」


さおちゃんがレンゲに乗せた少量の麺に吐息を吹きかけながら、小さな口でパクッと食べていた。さおちゃんが上品そうに食べるから、わたしもズルズルと啜るのは気が引けて、静かに食べた。スープの方に視線を移すと、味噌ラーメンのスープがなんだか澱んで見えてしまった。さおちゃんの頼んだ豆乳スープは綺麗な乳白色をしているのに。


「今日はラーメンにしちゃったけど、大丈夫? わたし、何も気にせず誘っちゃったけど」

普段食べないようにしているラーメンのお店を選んでしまったけど良かったのだろうか。そう思ったけど、さおちゃんは微笑んだ。


「せっかく杏子ちゃんと一緒にご飯食べるんだから、今日だけは仕事のことは忘れて楽しむつもりだから大丈夫だよ。ここのラーメン好きだったから、久しぶりに来れて嬉しいよ」

「それなら良いんだけど……」

「それに、この頃さおちゃんと全然一緒に遊べなくてずっと寂しい思いしてたから、こうやって一緒にご飯食べられて、すっごく嬉しいんだ」


2人だけで一緒に話していると、やっぱりさおちゃんはさおちゃんのままでホッとした。有名になってもいつもと変わらないように接してくれるさおちゃんのことが大好きだった。味噌ラーメンをゆっくると啜ると、中学時代に食べていたときと変わらず美味しくて、安心したのだった。

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