5、ご自分の喜びのためにおしゃれを楽しんで頂きたいと思います

 アマンダお姉様は異世界のコスメに詳しい。

 

 そのお話によると、「恋コスメ」というのは「恋に関する良いことをもたらすコスメ」らしい。


 エスカランタ公爵家に帰ると、アマンダお姉様は大はしゃぎで私にスキルの使用をおねだりした。

 

「エリス、スキンケアグッズは出せる? 化粧は落とさないといけないし、保湿したいわ」

 

 アマンダお姉様が「こういうのを出して欲しい」と紙にリストアップする表情は真剣だった。


「はい、お姉様」

「出せるのね! すごいわエリス……‼︎」


 キャアキャアと騒いでいると、お義母様かあさまが「お母様もまぜて!」とやってくる。


「汚れが落ちてスッキリした気分ね」

「この白い皮をつけるの? 冷たーい……」


 三人で洗顔してフェイスマスクを付けていると、お義父様とうさまとレイヴンお兄様が「何をやってるんだ……?」とコソコソ覗き見してくる。


「その白い皮はなんだ⁉︎」

「あら、あなた。娘と一緒に肌を労っているのですわ」


「アマンダ。お前はまつ毛に何を塗っているんだ?」

「お兄様、わたくしは今まつ毛を育てているのよ。じろじろ見ないでくださる?」


「待て。その液体は育毛剤なのか? お父様の頭にもなってくれ」


 ――賑やか!


 フェイスマスクを外したお義母様は「肌がもっちり、ぷるぷるしてるわ」と幸せそうだ。


「娘たちよ……お父様の育毛剤はあるかい?」


 このスキルは、あまり魔力をたくさん使わない。

 たくさん召喚できるので、私はどんどん召喚してアイテムの説明文を読み上げた。

 

「こちらは入浴剤と洗髪料シャンプーです」

「入浴するわよー!」

「きゃー!」


 あっ、盛り上がりっぷりにお義父様とお義兄様が引いてる。


「ハンドクリームはメイドたちにも配ってあげましょう」

「娘たち……お父様の育毛剤は……ないのかい……?」

 

 召喚するアイテムは、どれも乙女心をくすぐるパッケージだ。


 宝石みたいにカッティングされた瓶や、可愛らしい模様の描かれた壺、見たことのない素材のチューブなど、「見た目でも楽しませよう」という雰囲気の容器ばかり!


 容器を並べるだけで楽しい。


「パーティを開きましょう。お友達みんなにアイテムをおすすめしたいわ」


「お、お父様の育毛剤は……」


 育毛剤は出なかったので、お義父様はしょんぼりしていた。ごめんなさい!

 


 * * *

 

 後日、お義母様は交流のある貴族夫人や令嬢を招いてパーティを開いた。


 パーティ会場の一部には、『化粧品お試しエリア』と『販売場』が設けられている。

 

 主催一家であるエスカランタ公爵家のメンバーは、両親とレイヴンお兄様が招待客に挨拶をして、弟ノアは侍女と一緒に壁際にちょこんと座って見学。アマンダお姉様と私は『化粧品お試しエリア』担当だ。


「妹のエリスに化粧してみせますね。どうぞ皆様、近くでご覧ください。このようにトーンアップ下地をつけます。えすぴーえふゴジュープラスぴーえーフォープラスです。潤い感がありますよ。ねえ、エリス?」

「潤い……そうですね。潤っている感じがします」

 

 アマンダお姉様は異世界用語らしき謎の単語を唱えているが、貴族夫人や令嬢たちは細かい単語を気にすることなく実演に見入っている。とても真剣な眼差しだ。

 

「日焼けして赤みを帯びている部分にちょっと暗めのコンシーラーを塗ってなじませて、境目をブラシでぼかします。指でやると体温で溶けてしまうので、ブラシを使いましょう」


 鏡を前に置かれているので、自分の顔がどうなっているのかがわかる。どきどきだ。

 

 日焼けしている部分が目立たなくなると、貴族夫人から「素晴らしいわ」と声があがった。

 その間も、お姉様はファンデーションのふわふわのパフをはたいてくれる。気持ちいい。


「このあたりにチークを重ねると血色感のある美肌になります。リキッドチークを頬骨のあたりに置いていきますね」


 お姉様は馴染みのない単語を口にしながら、ぬるっと濡れたピンクの液体を私の頬骨のあたりに置いていく。

 そして、クッションファンデのパフで外側に向けてトントンとなじませた。

 

 わあっ、自然なピンクに頬が色づいて、かわいい……!


「これを内側に向けて伸ばすと幼い感じになります。妹はちょっと幼い顔立ちなので、大人っぽく外に向けてみました……可愛いでしょう?」


 可愛い、と言われて、嬉しくなる。

 自分が可愛くなるのって、楽しい。

 

「続いて、パール感のあるシャンパンブラウンのアイシャドウを塗ります。アイシャドウで目を垂れる感じに作ってアイラインは引き上げましょう……こういうのを『令嬢メイク』と言います」


 アマンダお姉様が言うと、周囲は「令嬢がするから令嬢メイクね」「やだ、そのままじゃない」と笑った。


「超極細マスカラで短い毛も上向きに……お義父様とうさまの毛は上向きにする余地がなかったけど……」

「おいたわしや……」

 

 アマンダお姉様の呟きに、周囲がチラチラとお義父様とうさまの頭を見る。


 お義父様はいそいそと従者からカツラを受け取り、「気にしてませんが?」という顔でカツラを装着した。

 あっ、隣でレイヴンお兄様が目頭をおさえてる……。


「お前たち、もっと父上に気を使いなさい」

「ごめんなさい、お兄様」

「ごめんなさい」


 気を取り直して、化粧の続きだ。

 

「さあ、口紅です。コーラル味がある粘膜カラーの輪郭を綿棒でちょっとぼかしましょう。唇の山をつぶしてぼかすと少し甘い感じになりますよ」


 お姉様に塗ってもらった唇は濡れたようになって、ぷるぷるだ。

 艶があって、瑞々しい。すごい。綺麗な色!


 最後にお姉様は、決めセリフを言った。


「貴婦人が美しく装うのは、社交のため、家の権勢を示すため。ですがなにより、自分が自分を誇れるように。楽しく前向きな気分になるように……!」


 おおっ、貴婦人たちが頷いてる!

 

「恋コスメとは殿方にモテるアイテムですが、わたくしは皆様に、殿方関係なく、ご自分の喜びのためにおしゃれを楽しんで頂きたいと思います」


 貴婦人や令嬢たちはワッと拍手をして商品を買っていった。

 在庫がみるみるうちになくなって、追加で召喚するのも間に合わないくらい。

 

「聖なる化粧品ですわ! ご利益がありますわ!」

「わたくし、あちらのアイシャドウが欲しいですわ。まぶたに宝石をまとった気分ですの」

「チークが驚くほどの透明感ですわ。赤ちゃんの頬みたい!」


 よかった。パーティは大成功ね! お姉様と一緒に頷きを交わし、私は気づいた。


 ……会場の隅で、ヒロインのフローラさんがいじめられてる!?

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