4、リボンタイが曲がっていてよ

 乙女ゲームの舞台である学園、『ローズウッド・アカデミー』の入学の日。


 私はエスカランタ公爵家の馬車に乗り、学園に通学した。

 外に出る前に、一緒に入学するアマンダ様が全身の身だしなみチェックをしてくれる。

 

「エリス。リボンタイが曲がっていてよ」

「失礼しました、アマンダ様」


 制服のリボンタイを直してもらってお礼を言うと、アマンダ様はちょっと考えてから「お姉様とお呼びなさい」と言って、先に馬車から降りて行った。


「……はい、お姉様!」


  

 * * *


「わあ、可憐なお嬢様方だな。片方はエスカランタ公爵家のアマンダ様だが、一緒にいるのは……?」

「エスカランタ公爵家のご姉妹ね」

「ご姉妹? エスカランタ公爵家は、ご令嬢がおひとりしかおられないはずですわよ」

「あら、ご存じありませんの? アマンダ様には血のつながらない妹様ができたのですわ」

 

 馬車から降りた私とアマンダお姉様が噂されている。


「ごきげんよう! わたくしの可愛い妹に、何か?」


 アマンダお姉様が扇をパシンと閉じて笑顔を向けると、噂していた学生たちが頭を下げて散っていく。すごい。


「我が家はここにいる大多数の家より格上なの。おどおどする必要はなくってよ、エリス」

「はい、お姉様」

「無礼者がいたら扇を投げておやり」

「それは下品ではないでしょうか、お姉様?」


 私はドキドキしながら、お姉様についていった。


「すみません、急いでいたものですから。大丈夫ですか?」 


 可愛い声が聞こえる。ヒロインのフローラさんがパーシヴァル様と初対面でぶつかってしまうイベントの最中だ。

 乙女ゲームだと、パーシヴァル様に恋をしている悪役令嬢がフローラさんに「わたくしの殿下にぶつかるなんて! あなたは入学する資格なしよ!」と怒るらしい。


 お姉様は「始まったわね!」とちょっと興奮気味にしつつ、私の袖を引いて「関わらないように、行くわよ」と促した。

 

 そんな私たちに、パーシヴァル様から声がかけられた。

  

「やあ。エスカランタ公爵家の姉妹ではないか。エリス嬢は初めましてだね。レイヴンがなかなか会わせてくれないから」


 ……王子の側から声をかけられるとはっ?

 

 私とお姉様は困惑の視線を交わしつつ、パーシヴァル様に挨拶をした。


「ごきげんよう、パーシヴァル様」

「お初にお目にかかります、パーシヴァル王子殿下」

 

 息ぴったりに二人でカーテシーをすると、「学園の中では『王子殿下』は無しでいいよ」と微笑まれる。


「きゃーっ」

 その笑顔がきらっきらで、近くにいた女子生徒が何人か、ふらふらとへたりこんだ。


 美形スマイル、強い! 

 でも私は予行練習をしてきたから、練習通りに急いで目を逸らすよ! 


「サッ」

「おや? なぜ目を逸らすんだい」

  

 あとはその場を離れるのみ……!


「急いでおりますので、失礼いたします!」

 

 私はお姉様と一緒に、パーシヴァル様に礼をして背を向けた。すると。

 

「式の会場まで送るよ」

 

 なんとパーシヴァル様がついてこようとするではないか。

 

「結構ですわ」

「結構です」


 私とアマンダお姉様は二人で声を揃えて、手をつないで足早にその場を離れた。


「……なんで?」


 ぽつんと残されたパーシヴァル様は、びっくりしていたらしい。すみません!


 * * *


 入学式は、つつがなく行われた。

 

 トラブルがあったとすれば、生徒会長のパーシヴァル様が壇上できらっきらのスマイルを浮かべて「歓迎の言葉」を述べた時に何人かの女子生徒が鼻血を出したくらいだ。

 

 私とお姉様は「見ちゃだめ」と声を掛け合い、一緒になって視線を逸らして「美貌トラップ」を回避した。

 

 それにしても美形の破壊力ってすごい。

 隣にいた女子生徒がひとり倒れた……。

 この人、実は生徒会長に向いてないんじゃないかな? 入学式で倒れる人続出なんだけど。

 

 先生方は慣れている様子で、淡々と救護班に女子生徒を運ばせて式を進めていく。

 

「それではこれより、飲水の儀を始める」

  

 飲水の儀は、全員で一斉に『聖なる水』を飲む儀式のことだ。

  

 ひとりずつに渡される黄金のゴブレットに入れられた『聖なる水』は、神殿の神官が清めた水らしい。

 何かの効果を約束するようなものではなく、「これを飲んでがんばろうね」と前向きな気分にさせるための形式的な儀式だ。


 でも、アマンダお姉様が仰るには、ヒロインのフローラさんはこの『聖なる水』を飲んでひとりだけスキルを授かり、「聖女」と呼ばれるようになるのだとか。

 乙女ゲームでは、スキルは何を獲得できるのかがランダムで、「強いスキルを獲得するまでオープニングをやり直すプレイヤーもいた」らしい。

  

「私たちの現実はやり直しができないから、フローラがどんなスキルを授かるのか気になるわね」

「そうですね。スキルというのがどんなものか、よくわかりませんが……あっ……?」


 お姉様に相槌を打った時、私の全身がパァッと眩く光り輝いた。


 近くにいた学生たちがびっくりして声をあげ、会場中が注目してくる。


「どうした!?」


 光は一瞬で収まった。


 大丈夫か、どうした、と先生や警備員が寄ってくる中、私はぽかんと目の前を凝視していた。


 目の前に、文字が見える。

 

『スキル獲得!』

『スキル名:恋コスメ召喚』

『魔力を消費し、異世界に存在するコスメを召喚できる』


「なに……これ……? 恋コスメ召喚?」


 「これは……スキルを授かったのだ」「……奇跡だ!」と周囲が騒然となっていく。

 

 私と周囲がびっくりしていると、私の目の前に、今度は羽の生えた小さな妖精が現れる。

 

「魔力をいただきます、ご主人様!」

 

 妖精はそう言って空中でくるりと一回転した。


「わ、あ……!」


 妖精がちょうど一回転し終えたタイミングで、何もなかった空中に小瓶が現れた。

 

 新しい文字が、空中に浮かび上がっている。


『保湿化粧水……肌にうるおいを与えてやわらかくし、キメを整えます。また、美容液や乳液の浸透を助けます』


「何か出たぞ!」

「アイテムを召喚した……!」


 もうすっかり、注目の的だ。

 先生方が「聖女様だ」とか言ってる。


 えぇと……アマンダお姉様のお話だと、こういうのはフローラさんがなるはずだったのでは?


「そのアイテムは、ポーションなのかい?」

 

 すぐそばで美声がして、びくっとする。パーシヴァル様だ。

 私はご尊顔を見ないように顔をそむけた。

 

「ええと……恋コスメ召喚という名前なので、恋コスメというアイテムかもしれません」

 

「……コスメ?」

 

 あっ、困惑されている。


「エリス~~‼ これ、異世界の化粧品コスメよ! すごい……」


 あっ、アマンダお姉様が嬉しそう。

 

「エリス。これは何個も召喚できるの? わたくし、欲しいものがいっぱいあるわ……! 召喚できる?」


 こうして、入学式の日、私は『恋コスメ召喚』ができるようになって、聖女の称号を手に入れた。

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