第29話 悪意渦巻く策謀の日

 ヴェリテ王子が設立した特務機関「調査室」は、相談役のレイモン・ブラントーム、室長のトマ・バルバストル両名の手腕によって、発足直後にも関わらず、次々と成果を上げていった。


 これまでは看過されてきた、多くの貴族の不正行為を容赦なく暴き立て糾弾し、ついには貴族社会の重鎮であった、ジョスラン辺境伯に対しても臆することなく捜査のメスを入れ、権威の失墜にまで追いつめた。


 多少の悪行も大目に見られてきた貴族優位の社会に不満を募らせたていた国民は多く、調査室の活動は大きな賞賛を集め、正義感溢れる若き王子の采配に国民は歓喜した。長年表舞台に立つことのなかったレイモン・ブラントームの復活というドラマにも国民たちは熱狂。状況は間違いなく、ヴェリテ王子や調査室にとって追い風だった。


 しかし、同時に不穏な香りも漂い始める。貴族の不正を許さぬ調査室の在り方は、これまで権威を振るってきた貴族たちに畏怖と大きな反感とをもたらした。その筆頭は言うまでもなく、ジャックミノー派の貴族たちだ。


 正義がいつだって勝利するとは限らない。

 高潔な精神を持つ者が報われるとは限らない。


 悪意渦巻く貴族社会の包囲網は、確実にレイモン・ブラントームとその一族を追い詰めつつあった。


 ※※※


「こんな馬鹿げた話があってたまるか!」


 トマ・バルバストルは怒りを抑えきれず感情的に執務机に拳を振り下ろした。


 レイモン・ブラントーム卿に国家反逆罪の疑いあり。


 そんな衝撃的な一報が飛び込んできたのは早朝のことであった。


 領の自宅に戻っていたレイモンは突然押しかけて来た大勢の王国兵に連行され、現在は厳しい取り調べを受けている。アランとネリーは連行は免れたものの、自宅に軟禁状態にあり、外部との接触を禁じられていた。


 罪状によると、レイモンは政権の転覆を狙った大規模なクーデターを計画。国外から大量の武器を輸入し、反体制を掲げる過激派と結託し、王城襲撃を計画していたとされる。


 レイモンの内偵を進めていた密偵が領内で遺体となって発見され、領内のレイモンの私有地からは、大量の武器を納めた倉庫が発見されている。決定打となったのは、王国兵に捕縛された過激派がレイモンから指示を受けていた旨を告白したことだ。レイモンの直接の関与を示す決定的な証拠はなかったが、これらの状況証拠を元に、国王はレイモンの強制調査に許可を出した。


 この捜査の指揮を執ったのは、内務卿マチアス・ジャックミノーの最側近である、ラザール・ルメルシエ補佐官。マチアス共々、幾度となくレイモンと衝突を繰り返してきた因縁めいた相手だ。公にはされていないが、国王から信頼の厚いマチアスを中心に、彼の派閥に属する多くの貴族が国王にレイモンの捜査を嘆願した事実が確認されている。


 若かりし頃よりレイモンの発言に不快感を覚えていた国王は、情報を精査することもなく、半ば感覚的に許可を出した。また、この事件は、調査室がマチアス周辺の内偵に取り掛かろうとしていた矢先の出来事であり、本格的な調査が行われる前に、調査室の重役であるレイモンに疑惑を向けることで、自身に調査の手が及ぶことを回避する狙いもあったと思われる。完全に先手を打たれた形だ。


 少数精鋭での真相究明を求める調査室の在り方に対し、マチアス派は権力と圧倒的な人員によって一気に盤面を整えた。遅れを取ることは必然だった。


 レイモン・ブラントームは疑惑を全面的に否定し、全ては自分を陥れるための姦計かんけいであると訴えているが、調査に関わった人間は全てマチアスの手の者であり、その証言が受け入られることはない。状況はすでに結論ありきで進んでいる。


 一連の動きがマチアス派の策略であることは明白。ヴェリテ王子やトマは真っ向からレイモンの疑惑を否定し、調査に乗り出そうとしたが、マチアス派はレイモンが調査室の相談役の地位にあったことから、調査内容が恣意的に歪められる可能性があると反論し調査室の参加を徹底的に拒絶。


 マチアスの進言を受けた国王の決定により、調査室は一時的な活動停止へと追い込まれた。父王の権威を前に成す術なく踏みつぶされてしまったヴェリテ王子は、己の力不足を恥じ、ただひたすらトマや、この場にいないレイモンとその家族に詫びることしか出来なかった。


 悪意渦巻く策謀の中、レイモンは結論ありきの四面楚歌に置かれる他なかった。

 国家反逆罪が認められれば、その先に待ち受けるものは死罪だ。


「父上。これは全てマチアス派の姦計です。彼奴きゃつ等は自分たちの不正発覚を恐れてレイモンさんを見せしめとした。こんなことが許されていいはずがない」


「そんなことは分かっている。マルク・デュラランドらマチアス派の貴族が裏工作を行っていたことは掴めたが、進言したところで情報を握り潰されるがオチだろう。圧倒的な権威を前に、今の我々は力不足だ」


 心強い返答が出来ぬ己の力不足をトマは恥じるばかりであった。調査室が一気に存在感を発揮したことで、想像以上に貴族たちに危機感を与えてしまっていた。貴族たちが結託すれば、いかに第一王子のヴェリテ王子とはいえ、今の権威では組織を守り切れない。調査室はあまりにも目立ち過ぎた。


 中枢はレイモンの存在を快く思わぬ貴族も多い。調査室への警戒感と過去の遺恨が同時に燃え上がる可能性を甘く見えていた。自分が調査室へレイモンを誘わなければ、レイモンやその家族に悲劇が訪れることはなかったかもしれない。トマの後悔の念は尽きない。


「……ネリーとアランは大丈夫でしょうか」


 自宅に軟禁されている恋人とその弟の安否は未だに知れない。ギーは不安を募らせるばかりだった。


「大丈夫だ。あの子たちはレイモンに似て芯が強い」


 ギーの不安に寄り添い、トマはその肩に優しく触れた。感情論以外の何物でもないが、あの二人ならきっとこの状況を手を取り合って乗り切ろうとするはずだ。彼らのためにも外から援護をする必要がある。


「私はレイモンの疑惑を晴らすために全力を尽くす。このような姦計がまかり通ってよいはずがない。われなき罪で、ブラントームの高潔な精神が汚されていはずがない。私は正義を信じる」


 調査室は活動停止処分を受けたが、出来得る範囲で協力は惜しまないとヴェリテ王子も約束してくれた。今こそが試練の時なのかもしれない。トマは強い覚悟を胸に更なる情報収集へと取り掛かった。

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