第26話 高潔がゆえに異端

 高潔な精神だけでは覆せない不条理が存在する。

 嫉妬心と無知がもたらした理不尽な悪意によって、その足元は十五年前から揺らぎつつあったのだ。


 ブラントーム家はオルグイユ王国建国時から三百年以上続いて来た名門貴族だった。「貴族たる者、臣民に愛し、愛される、誇り高き守護騎士であれ」の家訓を代々体現し続けてきた高潔な一族であり、民を思い、時には王国の政策に真っ向から異を唱えることも辞さず、貴族の鏡として国民からも広く支持を集めていた。


 人格者にして有識者。国と民を思えばこそ、王政に対しても臆せず進言するその姿勢は王族にも高く評価されており、国を発展させるための重要な人材として、ブラントーム家は長きに渡り重用されてきた。


 一方で他の有力貴族からすれば、ブラントーム家の存在は必ずしも好ましいものではなかった。高潔すぎるその生き方は、ある意味では異端であり、身内の不正すらも許さぬ一貫した姿勢は、後ろ暗い事情がある者たちからすれば脅威と映った。


 ブラントーム家を取り巻く環境は、先代国王が心臓の病で崩御なされ、現国王が即位した十五年前を境に転機を迎えた。政治経験が少なく、若くして即位した国王には王としての威厳や責任感が欠如しており、臣下である貴族たちの意見に流される形での政策決定が目立つようになった。


 安易な契合を良しとはせず、若き王を思えばこそ、当時のブラントーム家当主であったレイモン・ブラントームは厳しい意見を述べることを厭わなかったが、その思いは国王には届かなった。王子時代から王家の偉功に臆さぬブラントーム家に不満を抱いていた国王は、ただ感情的に、ブラントーム家を冷遇するようになっていった。


 これは必ずしも国王の一存だけで決まったことではなく、ブラントーム家の存在を疎ましく感じていた貴族たちが結託し、ブラントーム家の立場が悪くなるように仕向けていた面もある。


 先王はレイモンと時に衝突を繰り返しながらも、お互いが国や民のことを思って活発に意見を交わしているのだということを理解していた。若き王はそのことを見抜けなかったのである。


 長きに渡り王国のために尽力してきたブラントーム家は、策謀渦巻く悪意の煽りを受け地方へと左遷、王都を追われることとなった。


 レイモン・ブラントームは己の信念でもある家訓を胸に、政治の中心から離れても、地方の一領主として国や民のために正しく有り続けた。その手腕と高潔さは多くの民の指示を受け、レイモン・ブラントームの存在感が衰えることはなかった。


 レイモンには十歳の長女と、ブラントーム家の次期当主となる七歳の息子がいた。レイモンは良き父親として、子供達に貴族としての正しいあり方を説くと共に、貴族である以前に人として正しくあることが何よりも大切だと、そう子供たちへと教え込んだ。


 地方領主として、二人の子供の父親としての生活は、とても満たされたものであったが、地方へ移住してから二年後、家族を大きな悲劇が襲った。レイモンの妻バベットが自ら命を絶った。昔から病弱だったことに加え、王都で生活していた時期には、高潔が故に周囲と衝突しがちだった夫の影響で、婦人会で不遇な扱いを受け続けていた。その心労が無関係だったとは思えない。王都の喧騒を離れ、地方で落ち着いた生活を送れるようになったのも束の間、心と体はすでに限界を迎えていた。


 レイモンは生涯後妻を迎えることはなく、臣下や従者たちと協力しながら、公務と子育てを両立させていった。


 多忙の中にあっても家族との時間を大切にする。二人の子供達もそんな父親のことを尊敬し、少しでも力になるべく勉学に励んだ。最愛の妻の死を、母の死を、家族は絆の力で乗り切っていった。


 レイモンは一度も王都へ招集されることはなかったが、最愛の家族と八年間を地方で平穏に過ごした。


 子供達も健やかに成長し、娘は聡明で器量の良い淑女へと成長し、息子は勉強家であり快活で、父譲りの強い正義感の持ち主へと成長していた。


 そんなブラントーム家に最悪の悲劇が降り掛かったのは今から七年前のこと。

 長女のネリーは十八歳、長男のアランは十五歳であった。

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