第24話 地位は法騎士の名の下に失墜す

 アンリとバンジャマンの取引が成立してから十日後。大陸を取り巻くエネルギー産業の状況は一変した。


 大陸シェアの半数以上を占める大手鉱山会社タイタンフォールが、火竜鉱石を大きく上回る生産効率を誇る、光竜鉱石の鉱脈を大量に発見したことを発表。そのニュースはすぐさま大陸中を駈け廻り、既存の火竜鉱石の流通ルートを利用し、それらは一気に大陸中へと流通する見込みだ。量でも質でも劣る火竜鉱石の価値は一気に暴落し、大陸中の鉱山主は大きな損失を受けることとなった。その被害は当然、わずか十日前に、大金と引き換えに火竜鉱山の採掘権を手に入れたばかりのバンジャマンに降り掛かることとなった。


「くそ! くそ! くそ!」


 執務室のバンジャマンは、光竜聖鉱石大量流通のニュースが記載された新聞を感情的に破り捨て、頭を掻きむしった。


 採掘権を得てからたったの十日で火竜鉱石の価値は大暴落。二十五億パンタシアの支出は数年どころか、現在の価値では取り戻す見込みがつかない。大損害だ。


「あの若造、舐めた真似を」


 タイミングがあまりにも出来過ぎている。モーリス・ダルシアスに謀られたと、バンジャマンが悟るまでには時間はかからなかった。


「おい貴様、どうしてこの契約は成立した? あの男は契約完了後もピンピンしていたぞ」


 バンジャマンは契約書であるシンヴォレオを作成した魔導契約師を呼びつけ、説明を求めた。重要な契約だからシンヴォレオまで用意したというのに、これでは割りに合わない。


「お言葉ですが、私は双方の提案に基づいてシンヴォレオを作成したまでですよ。あの商人が健在だったのは、契約書の内容に嘘偽りがなかったからでしょう。契約当時の火竜鉱石の価値や、鉱山の埋蔵量の記述は、確かに間違ってはいませんから」


「そんなことがまかり通っていいのか! 何のためのシンヴォレオだと思っている」


「そう言われましても、重ねて申し上げますが私は双方の提案の下にシンヴォレオを作成しただけ。契約内容には介入せずにツールだけを提供するのが我ら魔導契約師の業務です。内容の詳細を詰めなかったのは、あくまでもそちらの不手際。私は一切の責任を負いません。これは魔導法で定められた我ら魔導契約師の明確な立場です」


 その言葉の通り、魔導契約師の立場は法律によって保障されている。これ以上バンジャマンが魔導契約師を攻めたところ不毛でしかない。


「もう貴様に用はない。下がれ。騙し取られた二十五億パンタシアは私の手で取り返す」


「それはあまりお勧めしませんよ。シンヴォレオの契約に基づき二十五億は正式にあの商人の手へと渡った。それをあなた様が力づくで取り返すことはそれこそ契約違反です。その時、シンヴォレオのくさびはあなた様を貫くかと存じますが」

「……何だと?」

「私はあくまで公平な立場。確かに忠告はいたしましたよ。それでは言われた通り、私めはこれで退散いたします」


 唖然としその場で硬直するバンジャマンを後目に、魔導契約師はバンジャマン邸を後にしていった。


「くそっ! だからといってあの若造にやられっぱなしで我慢していられるものか。奪われた二十五億パンタシアを奪い返すことが難しいのなら、奴と妻に、直接身の程を分からせてやるまでのことだ」


 鬼の形相で、バンジャマンは近くに待機していた側近たちを睨み付けた。


「何が何でも奴を私の前に連れてこい。関係先の捜索はどうなっている?」


「……男も妻もすでにメサージュを発った後のようです。ダルシアス商会本社があるとされるオトンヌの調査も行いましたが、そのような会社はオトンヌにはそもそも存在していませんでした。名前を含め経歴も全て偽りのものでしょう。ブリズ村に関しても同様で村人の姿はおろか、建物も綺麗さっぱりに解体され村自体が消滅していました。近くの町で聞き込みを行った結果、あそこは何十年も前に廃村となった場所で、ごく最近になって人の出入りが頻繁になったとのこと。全ては商談に説得力をもたらすための仕込みだったと思われます……足取りは完全に途絶え、名前も経歴も全て偽物。あの男の消息は完全に不明です」


「この無能めが! 結局何も分からぬということではないか!」


 報告をした側近に、バンジャマンは手元にあった灰皿を感情的に投げつけた。灰皿が頭を直撃し、激しく流血した側近はその場に倒れて悶絶した。


「た、大変ですバンジャマン様!」

「今度はいったい何だ!」

「く、黒服の一団がお屋敷――」

「バンジャマン・ラングランだな」


 慌てて執務室に飛び込んで来た執事が報告する間もなく、執事を押しのける形で数名の黒いロングコート姿の一団が、バンジャマンの執務室へと侵入してきた。


「な、なんだ貴様らは」

「ヴェリテ王子直属の特務機関ロワ・シュヴァリエ。私は今回の捜査の指揮を執るロベール・ヴァンランシ一等捜査官だ。ヴェリテ王子の名の下に、貴殿にご同行願いたい」


 銀髪を結い上げた眼光鋭い男、ロベール・ヴァンランシがヴェリテ王子の署名がなされた身分証を提示した。ロワ・シュヴァリエの名前を聞いた瞬間、バンジャマンの表情は見る見る青ざめていった。


 オルグイユ王国では、現国王の貴族優遇の体制を傘に、一部の腐敗した貴族がその権威を悪用する事案が問題となっている。そのことを憂慮した第一王子ヴェリテが設立した調査機関がロワ・シュバリエである。


 国民の心に寄り添い、腐敗した貴族による不正の撲滅を理念に掲げ、王国内のあらゆる事件へと介入する権限を有する。青臭い王子の絵空事と罵られ、創設当初は大きな権限を持てないでいたが、現国王が病に伏したことで状況は激変。次期国王であるヴェリテ王子の権威が飛躍的に向上し、それに比例してロワ・シュバリエの捜査権限も大きく拡大。近年積極的に不正撲滅に動いている。


「な、なぜ。ロワ・シュバリエなどが私に」


「貴様が運営する裏カジノに多くの貴族が出入りし、それに関連して貴様にも様々な便宜を図っていることが判明した。我らロワ・シュバリエはあらゆる不正を許さない。加えてそのタイミングで貴様の告発する者まで現れた。調べてみたら貴様の経歴は王国法違反のオンパレードだ。正義を遂行する者としてこれを見過ごすはわけにはいかない。関与した貴族はもちろんのこと、貴様にも相応の報いを受けてもらうぞ」


「ま、待ってくれ。突然のことで何が何だか」

「弁明があるなら取り調べの場でいくらでも聞いてやる」

「お、おい! 離せ、何をする! お前たち、私を助けろ」


 ロベールに命じられ、二人の捜査官が両脇からバンジャマンを問答無用で拘束した。バンジャマンは護衛たちに助けを求めるも、王都から派遣された捜査官たちを前に護衛たちも流石に手を出せない。


「捜査のため屋敷内を検めさせてもらう」

「おいよせ! 私のコレクションに触れるな! ここは私の功績の結晶だ。私の家だ。誰の断りを得て好き勝手振る舞っている!」

「喚くな小悪党が」

「がはっ――」


 感情的に言葉を捲し立てるバンジャマンを煩わしく感じたロベールは、バンジャマンの腹部を拳で一撃。バンジャマンは悶絶して胃液を漏らした。


「悪運尽きたな小悪党。貴様は今日限りで破滅だ」


 見る者を凍り付かせるような鋭い眼光でロベールはバンジャマンに言い放った。


「連れて行け」


 腹部の痛みと精神的ショックで放心し、バンジャマンは両脇を支えられ、引きずられるようにして連行されていった。それと同時に、ロベールが不意に窓の方向へ振り向いた。


「……気のせいか?」


 一瞬、遠くから何者かの視線を感じた気がしたが、直後に鳥が飛び立っていく羽音が聞こえたので、視線は動物か何かのものだったのだろうと、ロベールは自分を納得させた。


「これが奴のコレクションとやらか? 俺にはよく分からんな」


 バンジャマンの連行後。ロベールはバンジャマンのコレクションルームを覗き込んだ。所せましと並べられた魔物の素材の数々を見ても、ロベールは価値を理解出来ずに呆れるばかりだ。


「こいつだけは、確かに見事だが」


 唯一その見た目から価値を理解出来たのは、コレクションルームの中央に大仰に飾られていたバルバ水晶だけであった。


 ※※※


「せいぜい自分の罪と向き合いなさい。バンジャマン」


 ロワ・シュバリエの捜査官たちにバンジャマンが連行されていく様を、メロディはフスクスの能力で存在感を消し、最後まで見届けていた。覚悟の表れのつもりで短剣は常に持ち歩いていたが、終ぞそれを使う機会は訪れなかった。


 自らの地位が崩落した現実を受け止めきれず、惨めに喚き散らすバンジャマンの姿を目の当たりにした時、この男に殺す価値などないのだということを理解した。バンジャマンはこれからもっと深い絶望と屈辱を味わうことになるだろう。心の整理にはまだ時間はかかるが、アンリの言っていたように、金と権力に固執していたバンジャマンにとってはこの方がよっぽど復讐足り得る。


 バンジャマンの権威が失墜すれば、メサージュの町も随分と風通しがよくなるはずだ。現在進行形でバンジャマンの悪行に苦しめられていた人々も救われるだろう。


「終わったよ、パパ」


 バンジャマン邸を後にしたメロディは、町外れにある父の墓前に顛末を報告した。悲劇が三年が経ち、ようやく墓前に良い報告をすることが出来た。もちろん、大好きな父親が生きていてくれたならそれが一番だったが。


「それとね、もう一つ報告したいことがあるんだ。パパを喪ってからずっと一人で生きてきたけど、こんな私を仲間だと言ってくれる人達と出会えたの」


 泣き腫らした顔に微笑みを浮かべて、メロディは一連の出来事を経て結ばれた絆についても報告をした。もう自分は一人でじゃない。愛する娘を残し、無念の中散っていった父を安心させるためにも、メロディはそのことを大事に大事に報告した。


「バンジャマンから騙し取った大金は、アンリさんがバンジャマンの被害者の救済に充ててくれるって。失われた命や時間は戻らないけど、これで少しはこの町の時間も動きだすと思うよ」

 

 詐欺を完遂させた後、アンリはバンジャマンから騙し取った二十五憶パンタシアの大金は、その大半をバンジャマンの悪行に苦しめられてきた人々の生活再建に充てると宣言した。アンリの手元に残るのは、今回の詐欺を成功させるために投じた費用分のみ。赤字ではないが利益はまったく出ていない。アデライドが話してくれた、彼女がアンリと出会うきっかけとなった詐欺の時と同じだ。

 アンリの決定に、彼と長い付き合いであるトマとサロメ、アンリに救われたアデライドはもちろん、本業が商人であるオーブリーまでもが一切異を唱えずに、その決定を快く受け入れていた。


 悪を討ち、被害者を救済するための採算度返しの詐欺行為。

 リーダーのアンリが多くを語らないため真意は不明だが、彼らは間違いなく正義感から悪党を標的としている。

 アンリに救われたアデライドだけではない。全員にきっと、そこに至るまでの何か劇的な出来事があったことは想像に難くない。


「名残惜しいけどそろそろ行くね。父さんと暮らしたこの町を離れるのは少し寂しいけど、私のこの能力を生かせる場所がようやく見つけられた気がするんだ」


 目は腫れていたが、メロディは最後は笑顔で父親の墓前を後にした。

 生まれもったフスクスの能力。この力を世直しのための一助に出来るのなら、少しだけ自分のことが誇れるような気がした。

 

 


 


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