第23話 信じて止まず、気づかず、そして信じて止まない

 後日。バンジャマン邸にて、二十五億パンタシアの出資と、火竜鉱山の採掘権譲渡に関する契約が執り行われてようとしていた。アンリ側にはアンリの他に、眼鏡とかつらで変装したトマも同席している。流石に二十五億パンタシア分の現金をアンリ一人では運べないため男手としての参加だ。バンジャマン側にはバンジャマンと背後に控える護衛。それと契約書の作成を依頼した魔導まどう契約師けいやくしもこの場に同席している。


 バンジャマン側はすでに、二十五億パンタシア分の大量のミスリル硬貨が詰められた鞄を四つ用意しており、アンリの側は火竜鉱山の権利書をテーブルへと並べている。権利書が本物であることは、バンジャマン側もすでに確認済みだ。


「両者とも、双方の提示した条件で相違ないですね?」


 魔導契約師の確認に双方が同時に頷いた。意思を確認した魔導契約師は持参した鞄から、革製の荘厳な雰囲気漂う特殊な契約書を二枚取り出した。


「こちらが今回のご契約内容を元に作成しました、シンヴォレオとなります」


 シンヴォレオとは、専門職である魔導契約師が魔導を用いて作成する特殊な契約書のことである。


 文面上のちぎりだけではなく、契約者の魂と魂との間に直接、契を結ぶ究極の契約だ。契約内容に違反した者は命をもってそのとがを償うこととなる。


 以前は王国間の政治的取決めなど、限られた状況でのみ使用されてきた契約方式であるが、近年は民間でも、大金を動かす大事な契約の際にシンヴォレオが用いられる機会が増えてきている。


 時には禁を犯し、死者が出ることもあるが、死という絶対的なリスクを伴うとあって、大半の者が内容を遵守するため、契約としての信頼性が高い。二十五億パンタシアという大金を動かす以上、バンジャマンも相応の覚悟を持っているということのようだ。無論このことはアンリとて想定内。むしろ好都合でさえあった。


「双方、ご署名の上、魂の契を結ぶために血を一滴シンヴォレオの上に垂らしてください」


 署名を終えたアンリが、魔導契約師から受け取ったナイフで淡々と左人差し指の先を浅く切って血を垂らした。契約のためとはいえ血を流すのは抵抗があるようで、バンジャマンの方は躊躇いながら、薄らと血が出る程度に指先を切った。


 両者の署名と血が揃ったことで二枚のシンヴォレオが怪しく発光。契約の成立を告げた。


「これにて契約は結ばれました。シンヴォレオをそれぞれ一枚ずつお控えください」


 そう言って双方にシンヴォレオを手渡すと、役目を終えた魔導契約師はバンジャマン邸を後にしていった。シンヴォレオを使った契約を行うことだけが仕事であり、それ以上は双方の事情にも、契約内容にも関与しないのが慣例だ。


「シンヴォレオを用いた契約は初めてだったので、緊張してしまいました」

「私も滅多にない機会だから肩が凝ってしまった。だがこれで晴れて契約は成立だ。君は事業拡大のために二十五億パンタシアの軍資金を得、私は晴れて今日から火竜鉱山経営者の仲間入りだ」

「こちらが火竜鉱山の権利者となります。どうぞお納めください」

「うむ。ではこちらからは二十五億パンタシア分のミスリル硬貨を。入れ物の鞄もそのまま引き取ってもらって構わない」

「確かに頂戴いたしました」


 アンリが鉱山の権利書をバンジャマンへと手渡し、バンジャマンの屈強な護衛が、アンリの側にミスリル硬貨の詰まった四つの鞄を置いた。


「かなりの量だ。二人で大丈夫かね?」

「馬車を待機させているので大丈夫です。防犯に関しても、こちらのカスタニエは元冒険者で腕が立ちますので安心です」

「社長とバンジャマン様が交わした大切な契約ですから。命に代えましても守ってみせますぞ」


 トマ扮するカスタニエは自信満々に胸を張り、ミスリル硬貨の入った鞄を二つ軽々と持ち上げた。アンリも立ち上がり、こちらも鞄を二つ手に取った。


「積もる話もありますが、先ずはお金を移さなければなりませんので、本日はこれで失礼させて頂きます」

「うむ。ご苦労だった。今度は食事でもしながら改めて未来予想図について語り合おうではないか。その時は是非ともあの綺麗な奥方も連れてきなさい」

「ありがとうございます。妻もきっと喜びますよ」

「部下に外まで遅らせる。それではまた近い内に」

「はい。またお伺い致します」


 直近の約束を取り付け、アンリも自然体でそれに返した。


 お互いの野望のために、モーリス・ダルシアスとの良きビジネスパートナーとしてこの関係は今後長らく続いていくものだと、バンジャマンは信じて止まない。


 たった今信用詐欺は成功し、自身が一方的に金を騙し取られただけであることに、バンジャマンはまるで気づいていない。


 自分の時代が、商売の繁栄が永劫続いていくものだということを、その目は信じて止まない。


 この時を最後に、モーリス・ダルシアスと二十五億パンタシアもの大金は、二度とバンジャマン・ラングランの前へと現れることはなかった。


 ※※※


「作戦は大成功だ。二十五億パンタシアを騙し取ってきたよ」


 拠点へと戻り、地下の会議室でアンリとトマがバンジャマンから騙し取った十億パンタシアの入った鞄の口を開けた。中にはギッシリと本物のミスリル硬貨が敷き詰められている。


 ブリズ村の撤収作業を終えたオーブリーや、計画最終段階の報を受けて駆け付けたサロメも集合しており、プラージュでの作戦に参加した全員が拠点に顔を揃えていた。


 普段から表情豊かなアデライドとオーブリーは作戦成功を祝して歓喜の声を上げ、トマとサロメはお互いを労うように静かに握手を交わしていた。今回初めて詐欺に参加したメロディは、憎き相手であるバンジャマンが相手だった複雑さもあり、どうリアクションしていいのか悩んでいる様子だ。


「こいつが今回のシンヴォレオか」


 オーブリーが鞄と一緒に置かれた魔導契約書シンヴォレオを手に取った。騙し取った二十五億パンタシアと合わせて、今回の作戦の勲章のようなものだ。


 契約内容は火竜鉱山の実際の推定埋蔵量や、現在の市場価値に基づいて書かれたものなので作成時点では内容に嘘偽りはない。故に今後バンジャマンが詐欺にあったことに気付いたとしても、アンリがシンヴォレオの契約を犯した扱いにはならず、危機に晒されることもない。


 貴族や素封家はシンヴォレオに絶対的な信頼を寄せているが、アンリたち詐欺師にしてみたらシンヴォレオの性質は穴だらけで付け入る隙は大きい。代表的なのが契約者の名前だ。これは必ずしも本名であるという制約は存在せず、お互いが相手をその名前で認識していれば契約は問題なく結ばれる。故にシンヴォレオの署名もモーリス・ダルシアスで通用している。現在の価値に嘘がなければ、今後価値が暴落しようとも契約を犯したことにはならない。皮肉なことにバンジャマン側がより契約を強固にしようと用いたシンヴォレオの存在が、今回の信用詐欺の成功を揺るぎないものへと変えた。


「さて、大金を持ったままメサージュの町に滞在していては怪しまれる。早々にこの拠点も引き払うことにしよう」


 作戦成功の喜びも程々に、各々が撤収準備に入ろうとした時、メロディが神妙な面持ちで挙手した。


「すみません。私はもう少しだけこの町に残ってもいいですか?」

「理由はバンジャマンかい?」

「安心して。今更バンジャマンを殺そうだなんては思っていません。だけど、無念の中死んでいったパパのためにも、バンジャマンの破滅だけはこの目で見届けたい。それが私からバンジャマンへの最後の復讐です」

「僕は仲間の意見は尊重する主義だ。メロディは顔も割れていないし、止めはしないよ。バンジャマンのことは抜きにしても、ここは君の生まれ育った町なのだし、離れるにあたり心の準備も必要だろうしね」

「ありがとう。アンリさん」

「撤収後の滞在先を教えておく。ケリをつけ、僕たちと一緒に世界を巡る覚悟が出来たらそこを訪ねておいで」


 深く頷き、メロディはアンリが住所を書き記したメモを受け取った。

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