第21話 残り一割の決断を引き出すために
一行は、入口から数百メートル進んだ地点にある開けた空間へと差し掛かった。そこから鉱山内の様々な方角へ向けて無数の横穴が伸びている。火竜の巣穴だった頃からの天然ものから、採掘のために新たに開拓した坑道まで種類は様々。
ここは鉱山内部の中継基地として整備する予定だった場所で、計画は途中で頓挫したが、トロッコ用のレールを整備しようとした跡も残されている。
「いよいよ、それらしくなってきたな」
冒険心を
「天然の横穴は未整備なので危険ですが、レールを敷く予定だった坑道はある程度安全が確保されています。こちらへどうぞ」
オーブリーを先頭に、レールが伸びる中央の大きな坑道を真っ直ぐ進んでいく。人の手で掘り進められた場所なので、身を屈めなくても頭をぶつけたりする心配はない。
「ここが整備済みの終点となります。面白いものを披露いたしますので、明りを消させて頂きますね」
レールが途切れたさらに先、採掘しかけの空間に差し掛かったタイミングで、オーブリーはで壁に設置されていた魔導灯の明りをあえて消した。
「おお! これは何とも幻想的な」
一瞬、周辺が暗闇に包まれた後、坑内の壁一面が、埋蔵する火竜鉱石の力によって鮮やかな赤色へと発光した。その光景は幻想的であると同時に、赤い光も相まって、巨大な生物の胃袋に飲み込まれたような錯覚を与える。日常ではまず体験することの出来ない貴重な体験に、バンジャマンは童心に帰ったように感嘆している。
四人の屈強な護衛たちもそれは同様で、襲撃の心配はないとはいえ、この時ばかりは護衛の職務も忘れ、壁一面を覆う幻想的な光景に見入っていた。
「他の坑道や未開拓の場所に至るまで、鉱山全体がこのように火竜鉱石で溢れております。推定埋蔵量は五十万トン。大手の所有する火竜鉱山には流石に劣りますが、二十五億パンタシアは最初の数年で回収可能かと思われます。これは現在の市場価格での計算ですので、今後の魔導エネルギー需要の拡大を考えれば、その収益はより顕著なものとなるでしょう」
幻想的な空間の中で、オーブリーは本職でもある得意のセールストークを炸裂させる。幻想的な光景の中、バンジャマンは市場価値に加えてロマンにも心を動かされてもいるはずだ。直接の価値には影響しないはずだが、この幻想的な光景もまた、良い買い物だと思わせることとに一役買っている。
「いかがでしょうか、バンジャマン様」
最後の問い掛けは責任者たるアンリが行った。バンジャマンが現地視察に興味を示した時点で九割方は了承すると踏んでいた。油断はせず、残りの一割を確実にするために今日、様々な仕掛けを行った。
物事に絶対は有り得ない。だがそれは、限りなく絶対に近づける努力を怠る理由にはなり得ない。
「決して疑っていたわけではないが、火竜鉱山は正真正銘本物のようだし、利益率も申し分ない。モーリス君の事業拡大への投資として、この鉱山は十億パンタシアで私が買い取ろう」
バンジャマンは自身満々にそう言い放った。モーリスの人柄も、火竜鉱山が生み出す莫大な利益も全てが本物であると信じて疑っていない。あるいはこの場に側近のデジレがいれば、僅かでもブレーキ足り得たかもしれないが、彼はもうバンジャマンの側にはいない。
「ありがとうございます。これで私の夢へと大きく前進いたします」
「今となっては我々の夢だよ。良きパートナーとして共に地域の覇権を握ろうではないか」
バンジャマンが求めて来た握手にアンリは快く応じた。バンジャマンは夢への一歩を踏み出した若人に対し、恩着せがましい高慢な表情を崩していない。後にこの鉱山に眠る大量の火竜鉱石の価値が大暴落すると知ったら、さざ見物な表情を浮かべることだろう。
「正式な契約はメサージュに戻ってから私の屋敷で行う。支払いは現金で問題ないかな? 用意には三日ほどかかる」
「問題ありません。お手間を取らせてしまいこちらこそ申し訳ございません。では後日、権利書を持ってお屋敷に伺わせて頂きますね」
「うむ。私もこの鉱山が自分の物になることが楽しみで仕方がないよ。君、今日の記念に火竜鉱石を何個か頂いていってもよいかな?」
「もちろんでございます。常温で保管しておく分には、火竜鉱石は美しいインテリアとしても人気でございますから」
気を利かせたオーブリーから回収用のトングと布袋を受け取り、バンジャマンは上機嫌で火竜鉱石を持ち帰った。
※※※
話がまとまったところで、アンリとバンジャマンは馬車で足早にメサージュへの帰路へとついた。ブリズ村へと残ったオーブリーはパンと手を打ち鳴らし、数十名の村の住民を中央の広場へと集めた。
「みんなご苦労だった。良い演技をしていたぞ」
緊張が解け、村人たちはリラックスモードで帽子を脱いだりシャツのボタンを緩めたりしていく。かつてブリズと呼ばれた村はとっくに廃村となっており、今のブリズ村は、計画の初期段階に、オーブリーの調達した資材とトマの調達した人材で突貫工事で生み出した即興の営みだ。
村人たちもオーブリーとトマが雇った演者たち。大きな詐欺を成功させるにはそれ相応の説得力が必要だ。村人たちの何気ないやり取りが、ダルシアス商会が由緒正しき会社であることを印象付けさせ、村人を思うアンリの芝居が、青臭い若者として映ったことで、バンジャマン側に強気という名の油断も生じたはずだ。
バンジャマンから残るたった一割の決断を引き出すために、アンリはこれだけ大掛かりな仕掛けを用意することを躊躇われなかった。
「念のためあと三日は村の状態を維持し続ける。それが終わったら完全撤収だ。報酬はその際に現金で支払う。演技派揃いだったことへお礼だ。当初の提示額に少し上乗せしておくよ」
雇われた役者たちから歓喜の声が上がった。後腐れがないよう、報酬は気前よく払うように心がけている。素性に足がつきにくよう、同じ人間は使わないし、こちらの素性に関わる情報も役者側にほとんど伝えていないので、後に
「俺の仕事は終わった。後は任せたぜ、大将」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます