第20話 策謀の山

 二日後。アンリとバンジャマンの姿はメサージュとオトンヌの中間にあたる、山間のブリズ村へと到着。住民の歓迎を受け、村の集会場で席を囲んでいた。


 遠出とあってバンジャマンは周囲には、普段よりも多い四人の屈強な護衛が同行している。アデライドはメサージュの町へと残して来た。今回の遠出は商談の一環だし、多少は危険が伴う鉱山周辺に妻を連れてくるのは気が引けたのだろうということで、バンジャマンにも特に怪しまれることはなかった。


 もちろん意味もなくアデライドを残して来たわけではない。彼女にはメサージュの町で一つ大切な仕事を任せて来た。


「ようこそおいでくさいました。バンジャマン様。モーリス社長より鉱山の管理を任されている、ダルシアス商会のギャスバル・ダヴーと申します。本日は私が火竜鉱山のご案内とご説明を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

「ギャスバルはこの場所について誰よりも精通しています。ご質問があればなんなりとお尋ねください」


 ギャスバル・ダヴーを名乗り、手慣れた様子で名刺を手渡したスーツ姿の男性の正体は、オーブリー・マルブランシュだ。元々の鉱山の所有者であり、アンリ以上にこの場所に精通したオーブリーは案内役に適任だ。


「維持管理はこの村を拠点に?」

「はい。といっても私も普段は支部の仕事と兼任ですので常駐はしておりません。私が不在の間は、このブリズ村の住民に管理を任せております」

「住民が粗相をするということはないのか? 整備が進んでないとはいえ、密かに火竜鉱石を持ちだそうとする者がいないとは限らない」


「その点は問題ありません。魔導エネルギーを秘めた火竜鉱石の採掘には単なる採掘道具だけではなく、専用の採掘道具や魔導士による感知が必須ですから。加えて住民は我らダルシアス商会に恩義を感じていて非常に協力的です。魔物についてお詳しいバンジャマン様はご存じでしょうが、火竜鉱石とは火竜の魔力によって性質が変化した鉱石のことで、そのため火竜の巣穴だった場所に多く埋蔵されている傾向にあります。そしてごく稀に、野生の火竜が住み着いたままの状態になっている場合もあります。この鉱山もそうでした。元々は商売でこの村との交流があった先代のイアサント様が村から火竜被害の相談を受け、火竜討伐のために冒険者を紹介したのが全ての始まりです。村の住民はそのことに深く感謝し、お礼も兼ねて、イアサント様の計画に協力を示すようになったという経緯があります」


「なるほど、火竜討伐により生まれた信頼関係というわけか。いずれにせよ、採掘の拠点となる村が近くに存在している点は魅力的だな」


 山奥に新たに拠点を築くとなればコストがかかるが、始めから村という生活拠点が存在しているならその必要はなくなる。より効率的な鉱山経営を行うべく、後で適当な理由をつけて元の住民を追い出し、関係者以外立ち入り禁止の完全な採掘拠点として整備すればより効率的だ。


「やはり実物を見て頂くのが一番でしょう。これから鉱山をご案内いたします。安全が確保されている地点までですが、専門の職人を呼んで少量ですが火竜鉱石の採掘を行いました。イメージを掴んで頂けましたら幸いです」

「よかろう。私も早く見たくてうずうずしていたところだ。実際に火竜が住み着いていた場所というのも興味深い」


 魔物の素材のマニアとして、火竜の住んでいた場所という響きにもバンジャマンは強く惹かれたようだ。高慢な男故に、薄暗い火竜鉱山へ立ち入ることに難色を示すかとも思ったがその心配は無くなった。


「それではこちらへ」


 オーブリーの先導を受けて、アンリとバンジャマン、四人の護衛が村の集会場を後にした。


「坊ちゃん、採掘事業の本格化、期待しておりますぞ」

「ご無沙汰しております。すみません、まだ商談中ですので私の口からは何も」


 道行く村人から声をかけられ、アンリは申し訳なさそうに頭を下げた。まだ決まっていない商談の話題を当事者の前で出されるのは気まずい。


「ギャスバル様、頼んでおいた品はお持ち頂けましたか?」

「すまない、今は大事なお客様を案内しているんだ。また後で話そう」


 家の窓から声をかけてきた女性に、オーブリーはやんわりと制した。


「申し訳ありません、バンジャマン様。長年計画が凍結していたこともあり、住民達が浮足立ってしまいまして」


 騒がしい道中になってしまったことをアンリが謝罪した。期待の方が圧倒的に勝っているようでバンジャマンが気分を損ねた様子はない。


「私は気にしていない。採掘事業が本格化すれば村も大きく潤う。住民の期待が高まるのも当然だろう」

「ご理解に感謝いたします。全てはダルシアス商会の不徳の致すところです。父の代から延々と希望を先延ばしにしてしまった」


 バンジャマンは何も言わず苦労を察するようにアンリの肩に手を乗せた。同時にモーリス・ダルシアスに甘さを感じ取ったのも事実だ。自分なら村人の希望など気にせず利益だけを優先し続ける。モーリスには申し訳ないが、自分がここの所有者になった暁には村人を全て追い出して利益だけを優先し続ける。バンジャマンはそんな風に思った。


「到着しました。ここが鉱山の入り口です。中には魔導灯を仕込んでおきましたので光量は確保されております。足元にだけはご注意ください」


 五分ほど歩くと、山肌の一角にぽっかりと口を開けた炭鉱の入り口が姿を現した。かつては火竜が住み着いていたとされるが、入口そのものが大口をあけた火竜のようにも思える。


「ご安心ください。件の火竜はもちろん、内部には魔物も生息していませんから。それでは私の後に続いて下さい」


 非常用の魔導ランタンと護身用の短剣を腰に備えたオーブリーが先導、その後を護衛に囲まれたバンジャマンが続き、最後尾にアンリがつく形で一行は火竜鉱山へと立ち行った。


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