第19話 鉄壁の紳士

「アンリさん、遅いですね。何かあったのでしょうか?」

「アンリに限ってミスを犯すことはないだろうし、延々と自慢話にでも付き合わされてるんじゃないの?」


 単なる直感だがアデライドの予想は大当たりであった。アンリがバンジャマン邸で商談を行っている間、メロディとアデライドの二人は特にやることもなかったので、拠点の酒場で待機していた。オーブリーは採掘場のあるブリズ村へと飛び、トマは大事な仕事で王都へ行っているので、今酒場にいるのは二人だけだ。


「皆さんが頑張っている時に休息というのは、少し気が引けますね」

「そこは適材適所だよ。オーブリーやトマおじ様みたいな大がかりな仕事、私達にはやりたくても出来ないし手伝いようもないもの。力を必要とされた時に備えて休んでおくことも立派な仕事だよ」


 そう言ってアデライドはメロディにオレンジジュースを注ぎ、デザートにと用意しておいた焼き菓子をテーブルに並べた。かしこまっていたメロディもアデライドの意見に頷き、今は大人しくティータイムを楽しむことにした。


「アデルさん、一つ聞いてもいいですか?」

「何かな」

「オーブリーさんが商人なのは自己紹介の時に聞きましたたけど、トマさんは何者なんですか? 暗黙の了解に引っ掛かるのなら、この話はここで終わりにしますが」


 過去を話してくれたアデライドや、肩書だけは判明しているオーブリーはまだしも、アンリとトマについては以前何もかもが謎だらけだ。アンリほど普段話す機会の少ないこともあり、メロディにとってトマは、現状で最も謎めいた存在ともいえる。


「暗黙の了解、以前に、実は私もトマおじ様についてはよく知らないんだよね。ミステリアス過ぎて好奇心を挟む隙間もないというか何というか。ただ、昔は何をしていたにせよ、トマおじ様は間違いなく私達の中で一番多くの修羅場を潜り抜けてきている人だと思う。何時だって冷静沈着だし、人脈はもちろん、先日のカジノの一件みたく、器用に潜入捜査染みた真似までしてみせる。底が知れない万能超人」


「確かに、温厚で物腰柔らかな人なのに、それでいて隙のない完璧さのようなものを感じる時があります」


 試す機会はないし今後もするつもりはないが、例えばトマ相手ならば、アンリ同様に初見でもフスクスの能力が通用しないだろうという感覚がメロディにはあった。素人では一生敵わないような、圧倒的な経験値がトマからは感じられる。


「アンリは仲間との絆を大切にする人だけど、中でもトマおじ様とサロメへの信頼は別格だと思う。アンリ自身が明言したことはないけど、アンリとトマおじ様、それとサロメの三人はたぶん、かなりの古なじみなんじゃないかなって勝手に思ってる?」

「古なじみということは、詐欺仲間として?」

「あるいは、もっと昔からかも」


 アデライド自身も三人と接している時の雰囲気で何となくそう感じただけで、確証があるわけではない。これ以上は推察のしようもなかった。


「このお話しはここまでにしておきましょう。今は今、昔は昔だし、あまり意識するとそれこそ暗黙の了解に触れちゃうわ」

「そうですね。少し好奇心を出し過ぎました」


 苦笑顔で頷き合うと、二人は優雅なティータイムを満喫した。


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