第18話 欺瞞と高慢

 裏カジノでの一件から三日後。アンリはバンジャマンが改めてセッティングした商談の席へと足を運んでいた。当初は前回同様に事務所での行う予定だったのだが、カジノでのアンリの活躍がバンジャマンの耳にも届き、感謝の印としてアンリを豪華な邸宅へと招待、自慢のコレクションルームに隣接する応接間へと通した。バンジャマンはそうとうモーリス・ダルシアスのことを気に入ったようだ。

 

 なお、経営には携わっていないという役柄のため、商談の席にアデライド演じるキトリ・ダルシアスは不在だ。


「先日の活躍は聞いているよ。君のおかげでイカサマを見抜くことが出来た。経営者として心からお礼を言わせてもらう。それに引き換え無能なデジレときたら、みすみすイカサマ師を取り逃がしおって」

「デジレ殿は今は?」

「降格させて雑用をさせている。無能の話はいい。我々は早速有意義な商談を始めようではないか」

「そうですね」


 側近であるデジレが地位を追われたことはアンリにとっても好都合だ。助言をする者の不在は詐欺を働く上での安心材料だ。加えて元々独断専行の色が濃いバンジャマンは側近の失態を受け、よりいっそう己の意見に固執している可能性もある。状況はアンリにとって追い風だ。


「今後、我らダルシアス商会はメサージュに支部を置くことで、北東部から中央部にかけての流通網を確保し、将来的にはより市場規模の大きい王都とメサージュ、メサージュを経由して本社のあるオトンヌとを結ぶという目標を抱いています。より具体的な計画として、最優先となるのはコリーヌ村を通過するルートの確保ですが、それにつきましては新参者の我らダルシアス商会も食い込めるよう、すでに水面下で交渉を始めております」


 持参した資料を交えつつ、アンリが抑揚をつけてプレゼンテーションを実施する。本職の商人で大陸全土の商売事情にも詳しいオーブリーと、幅広い人脈と鋭い戦略眼を併せ持つトマを交え、作戦が本格化する以前から入念に練り上げて来たプランだ。最終的には詐欺なのだが、提示したプラン自体は条件さえ整っていれば実現可能かつ、ダルシアス商会、バンジャマン双方にとって有益な内容に仕上げている。プラン内容の価値そのものには嘘偽りはないのだ。だからこそ計画全体に信憑性が生まれる。


「なるほど、悪くないプランだ。ダルシアス商会が王都、メサージュ間の流通に大きく参入することが出来れば、関係の深い私にも大きな旨味がある」


 プランはバンジャマンにも好感触だった。これまで地元で商売を完結させていたバンジャマンが、王都との交流に色気を出し始めていることには薄々感づいていた。これはバンジャマンにとっても大きなチャンスだ。詐欺でなければだが。


「しかし、この計画には一つ大きな問題があるな。莫大な費用だ」

「はい。計画には自信を持っていますが、地方の商家に過ぎぬダルシアス商会の財源には限界があります。此度メサージュを訪れたことは販路拡大はもちろんのこと、出資者を募る目的もありました」

「必要額は?」

「初期費用として二十五億パンタシアは必要と見積もっています」


 渋らず、即、金額を聞いて来たあたりバンジャマンはこの話にそうとう前向きだ。二十五億パンタシアという大金を聞き、流石に考え込む素振りは見せたが、少なくとも問答無用で跳ね除けるつもりはないようだ。


「私は君のことを気に入っている。快く受け入れると言いたいところだが、流石の私でも二十五億パンタシアの大金は躊躇ちゅうちょするな」


 この反応は十分に想定内だ。否定ではなく、躊躇という表現に留まったことはむしろ上々だ。


「当然のお考えです。私とて計画への投資の一言で、バンジャマン様から大金を預かろうという甘い考えは抱いておりません。そこで、私からバンジャマン様に対して相応の価値のある物を提供し、その見返りとしてバンジャマン様から資金提供を頂くというのはどうでしょうか? 完全な譲渡という形で構いません」

「詳しく聞かせてもらおうか」

「ありがとうございます」


 バンジャマンは興味津々といった様子で前のめりになった。バルバ水晶の件などでモーリス・ダルシアスはこれまでにも大きな活躍を見せてきた。自然と期待が高まっている。


「二十五億パンタシア投資の見返りに、バンジャマン様には我が社の保有する火竜鉱石の採掘権の譲渡を考えております」

「火竜鉱石の採掘権か。確かに大金を払うだけの価値はありそうだが、どうしてそれをわざわざ私に?」


 バンジャマンの疑問も当然だ。今後価値が大幅に下落するという事情を知らなければ、二十五億パンタシアという譲渡価格よりも、自らの採掘権で儲けた方が有益なのは間違いない。


「当然の疑問かと存じます。順に事情を説明させてください。そもそもこの鉱山は父の代からダルシアス商会で所有していたものです。いずれはそちらの方面へも事業を広げていく算段だったのですが、父の代で大きな損失が出たこともあり、本業に専念せざるを得なかった。それでも父は鉱山経営の夢を諦めきれず所有を続けていましたが、結局夢は叶わず亡くなってしましました。


 火竜鉱山は現在は私の所有ですが、私は父のようなロマンは抱けませんし、あの鉱山を持て余しているというのが正直なところです。儲けようにも、設備投資にもかなりの金がかかりますしね。それよりかは、ノウハウを生かして商人の道を究めて行った方が将来的にはプラスだと私は考えました。

 

 あの火竜鉱山は私にとっては宝の持ち腐れなのです。ならばいっそのこと火竜鉱山を手放し、今後の計画のための試金石とする方がよっぽど有意義ではありませんか。


 大きなお話しですし、採掘権を譲渡するならば信頼出来る方へと考えておりますが、バンジャマン様ならばその条件にも合致する。これまで多くの事業を手掛けて来たバンジャマン様のこと、火竜鉱石採掘に関してもきっと軌道に乗せられると確信しております」


「ふむ。火竜鉱石の採掘か。近年、魔導エネルギーを動力源とする魔動機械の分野は発展目覚ましい。エネルギー源の確保は今後間違いなく需要が見込めるな。私の人脈を使えば人材と労働力の確保は造作もない。二十五億パンタシアに設備投資の費用を加算しても、数年で元は取れよう」


 エネルギー産業は今後確実に伸びる。それを押さえておくことは今後の勢力拡大においても間違いなくプラスとなる。満更でもなさそうな表情でバンジャマンは思案する。王都への影響力の拡大とエネルギー産業への参戦。この二つはバンジャマンにとってとても魅力的な話に違いない。


「ご検討いただけますでしょうか?」

「今後のことを考えれば決して悪い話しではないな。大金ゆえに少しばかり考える時間はほしいが」

「もしバンジャマン様のご都合がよろしい時がございましたら、実際に火竜鉱山までご案内いたしましょうか。実際に目で見ることは大切です」


 長考を回避するため、アンリはすかさず現地視察をもちかけた。書面と会話上だけで二十五億パンタシアの大金を動かすことには限界がある。バンジャマンの検討が長引けば、光竜聖鉱石流通のニュースが飛び出し、タイムリミットを迎えてしまう可能性だってある。円滑に事を進めるための刺激が必要だ。


「そうだな。大きな買い物をするならば自身の目で品定めをすることは大切だ。よろしい、近日中に現地を視察する時間を設けよう。これは私にとっても大きな取引だ。最優先で予定を組ませてもらう」

「格段のご配慮、痛み入ります。当日は責任を持ってエスコートさせて頂きます」

「うむ。こちらの予定が決まり次第、宿泊先に使者を送る」


 アンリは深く頷いた。流石にこの場での取引成立とはならなかったが、本物の採掘場を見せればバンジャマンの印象はまた違うものになるに違いない。現地で待機しているオーブリーにとっても、腕の見せ所が出来た。


 現地に施設へ向かう約束は取り付けたが、気まぐれに予定を伸ばされたりしたら堪らない。機嫌を損ねぬよう、アンリは商談を終えても直ぐには帰路へつかず、バンジャマンが喜びそうな話題を持ち掛け、場を盛り上げた。


「応接間へ入って来た時から気になっていたのですが、隣の部屋に見えているのはバンジャマン様のコレクションでしょうか?」

「その通りだ。やはり気になっていたかね」


 本心では自慢したくてうずうずしていたのだろう。バンジャマンは朗笑を浮かべ、ガラス張りのコレクションルームへと通じる扉の鍵を開けた。まだアンリは拝見するとは一言も言っていないのだが、案内する気満々の様子だ。


「見たまえ。君のおかげで入手することが出来たバルバ水晶はまさにコレクションの主役に相応しいと思ってね」

「これは何と素晴らしい。これだけ見事に飾っていただけたなら、調達した私も商人冥利に尽きるというものです」

「そうだろう、そうだろう」


 バンジャマンのコレクションは美術館の展示のように、希少な魔物の素材を透明なケースに入れて並べてある。中心部の真新しい台座には先日謙譲したバルバ水晶が光り、コレクションルームの主役の座を射止めている。


 コレクターを自負するだけありそのコレクションはかなりの質で、珍しい魔物の素材が数多く並べられている。もっとも、それらはアンリにとっては決して物珍しいものではなく、サロメが日常的に入手してくるものなのだが、態度で悟らせてはいけないので、言葉を失い感嘆する可愛げのある若者を演じておく。演技の甲斐あり、持ち上げられたバンジャマンは満更でもなさそうだ。


「これは五年前にトゥール領を旅した際に現地の猟師から買い付けた品だ。そっちのオブジェは――」


 その後、バンジャマンは小一時間に渡りコレクション品の誇示と、それにまつわる自慢話を延々と続けたが、アンリは嫌な顔一つせずに全ての内容に真摯に向き合った。全ては計画遂行のため。アンリは詐欺師としてどこまでもプロフェッショナルを貫き通した。


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