第14話 真贋

「ご所望でしたドラコスの剣角、アルコイリスの羽、そしてこちらの木箱に収めておりますのがバルバ水晶でございます」

「ご苦労。一週間でも難しいと思っていたのに、まさか四日で用意してみせるとはな」


 夕刻。アンリとアデライド演じるダルシアス夫妻は、町の中心部にあるバンジャマンの事務所の応接室へと通されていた。高級木材であるアクシオプレピヤを惜しみなく使用した豪奢なテーブルを挟み、アンリとアデライドはバンジャマンと向かいあう。バンジャマンの隣には、バルバ水晶の真贋しんがんを見極めるために連れて来た鑑定士の男性が腰掛け、後ろには側近であるデジレ・ジャガールが後ろ手に組んで待機している。


「ドラコスの剣角、アルコイリスの羽、両方とも本物で間違いありませんな。状態もとても良い」

「お納めください」


 前菜の鑑定が終わり、本物との確認が取れたことで、ジョアキムに呼び出された部下の一人がドラコスの剣角とアルコイリスの羽をアンリから引き取り、応接室から運び出した。


 巨大なサイのような姿をした魔物ドラコスと、七色の体色を持つ凶暴な大型鳥類であるアルコイリスから、それぞれ入手出来る角と羽。どちらも希少なものだが、腕利き冒険者であるサロメはこれまでにかなりの数を討伐してきており、商人であるオーブリーが用意してくれた倉庫にかなりの在庫が存在している。バルバ水晶以外でもバンジャマンに好印象を与えておくべく、その中から特に品質の良い物を選んで持ってきた。


「彼の目利きは確かだ。その彼が状態がとても良いというのだから素晴らしい」

「勿体なきお言葉です。しかしバンジャマン様ほどのお方であれば、この二種はすでにコレクションなされているのではないでしょうか。どうして調達のご要望をなされたのですか?」


「コレクションとはまた別の趣向だよ。君の言う通りこの二種はすでにコレクション済みだ。今回お願いしたのは調度品として加工しようと考えたからだよ。無骨なドラコスの剣角は角笛に、美しいアルコイリスの羽は羽ペンにする予定だ。コレクション済みだからこそ出来る贅沢というわけさ」


「素晴らしい。完成した暁にはぜひお目通り願いたいものです」

「それは君次第だな。さあ、早くバルバ水晶を見せてくれ」


 うずうずした様子でバンジャマンは本命であるバルバ水晶を要求した。取り扱い注意の品なので、アンリは手袋をはめた手で慎重に木箱からバルバ水晶を取り出しバンジャマンの前へ置いた。


 鮮やかな光沢を放つ薄青色のバルバ水晶は天然もののため、歪な五角形のような形状をしている。大きさは兵士の持つ丸盾ほどで重さは約十五キロ。巨体を持つアフタリチェトの顎下からたったのこれだけのしか採集出来ないことも希少性の理由だ。


 その美しさと物珍しさに、バンジャマンがごくりと生唾を飲み込む音がよく聞こえた。早くコレクションに加えたい感情を必死に抑え込みながら、鑑定士が慎重に鑑定を進めていく様子を静観している。品質に絶対の自信を持っているアンリは堂々と鑑定が済むのを待っている。


 静寂が流れる中、濃紺のドレスを着たアデライドが、目が合ったデジレに微笑みかけると、女性慣れしていないのか、アデライドの美貌を前にデジレは恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。


「本物のバルバ水晶で間違いありません。それもかなりの上物です。どこへ出しても恥ずかしくない逸品ですぞ」


 じっくり時間をかけた鑑定が終わり、バンジャマンの信頼を得る鑑定士が品質に太鼓判を押した。滅多にお目にかかれない逸品に個人的な興奮も隠し切れていない。これを受け、バンジャマンの表情が見る見るうちに高揚していく。


「素晴らしい! こんなにも見事なバルバ水晶を調達してみせるとは、君の手腕は本物のようだ。若者と侮っていた私をどうか許してくれ」

「とんでもございません。バンジャマン様のお眼鏡に叶い光栄にございます。さあ、バルバ水晶はどうぞお納めください」

「うむ。デジレ、バルバ水晶を屋敷に運ぶ手配を頼む。衝撃に弱い代物だ。取り扱いは慎重に。もしものことがあれば分かっているな」

「も、もちろんでございます」


 バンジャマンの威圧に冷や汗を浮かべながら、デジレは慎重にバルバ水晶を応接室から運び出していった。バンジャマンには物騒な噂が絶えない。側近といえども粗相があれば命に関わる。


「試験の結果は如何でしょうか?」

「もちろん合格だ。君の手腕には恐れ入ったよ」

「それでは、後ろ盾になっていただくというお話しも?」

「もちろんだ。快く引き受けよう。メサージュ進出はもちろん、事業拡大を目指す君の夢を積極的に応援してもよいとさえ思っている。我々はきっと良き友人となれることだろう」

「私のような若輩者に、勿体なきお言葉です。流通網に希少な魔物の素材がかかりました際には、最優先でバンジャマン様にご相談させて頂きます」


 遠慮することなく、バンジャマンは満面の笑みで頷いた。法外な貸金業や裏カジノの営業など、バンジャマンの商売は地元だけで完結している。広域に展開する流通網を有していないことはバンジャマンの抱える一つの課題であり、有力な商人と関係を結ぶ必要性を以前から感じていた。


 そんな折に浮上した若き商人との出会い。最初は正直侮っていたが、バルバ水晶を数日で調達してみせたことからもその実力は確か。手を結ぶ相手としては申し分ない。この関係性は趣味である魔物素材のコレクションの充実化だけではなく、バンジャマン自身もまた、勢力を拡大するための足掛かりにしようと考えていた。趣味と実益を兼ねた提案を持ちかける辺り、バンジャマンも抜け目ない。


 もっとも、相手を見極める目は持っていなかったようだが。


「お近づきの印と言ってはなんだが、君にこれをプレゼントしよう」


 そう言ってバンジャマンは懐から、三つ首の竜の紋章が刻印された銀色の懐中時計をアンリへと差し出した。


「これは?」


「私の運営するカジノへの入場証だよ。貴族の先生方に大目に見てもらっているとはいえ、法に抵触する内容で運営していてね。会員制とすることで客を絞っているのだよ。その銀時計は上級会員を示す物だ。会場への入場はもちろん、上級会員には様々な優遇措置が与えられる」


「こんな貴重な物を頂いてしまってよろしいのですか?」

「私から君への信頼の証だよ。滞在中にぜひ遊びに来てくれたまえ。奥方、賭け事はお好きかな?」

「淑女としてあまり大きな声では言えませんが、私、賭け事は大好きですわ。主人と一緒にお邪魔させて頂きます」

「はははっ! 正直な奥方だ。モーリスくんが見初めただけのことはあるな。お二人の来店を楽しみにしているよ。カジノは普段はデジレに任せているから、好きに使ってやりなさいな」


 豪快に笑ってアデライドとアンリ、それぞれと一回ずつ握手を交わすと、バンジャマンはそわそわした様子でソファーから立ち上がった。


「それでは私はこれで失礼するよ。今後の活動についてはまた改めて対談の場を設けよう」


 そう言って、バンジャマンは足早に事務所を後にした。手に入れた念願のバルバ水晶を早く屋敷のコレクションルームに飾りたくて仕方がないのだろう。アンリが窓の外へ視線を向けると、バンジャマンがバルバ水晶を積んだ馬車に軽快に乗り込んでいく様子が見えた。入れ替わりで馬車にバルバ水晶を積み終わった側近のデジレが事務所へと戻って来た。


「本日はご足労いただきありがとうございました。外までお送りいたします」


 ※※※


「お帰りなさい。少しお話ししてもいいですか?」

「ただいま。何やら神妙な面持ちだね」


 拠点の酒場にアンリが戻ると、地下室でメロディが待ち受けていた。アンリは仲間の求めには可能な限り応じることをモットーとしている。着席を促し、円卓を囲んでメロディと向かい合った。周囲に怪しまれないよう、拠点に戻る時間をそれぞれずらしているので、アデライドはまだ戻っていない。


「アンリさんに感情をぶちまけたあの日から、これからどうするべきなのかをずっと考えていたんです。事後報告になってしまいましたが、昨日はかつて父が経営していた宿を見に行ってきました。常にフスクスの能力で存在感を消していましたので誰にも怪しまれていません。その点は安心してください」


「バンジャマンの経営する賭博場の近くにあるのだったね」


 事後報告についてはアンリは苦言を呈せなかった。リスキーには違いないが、メロディの能力があればそうそう怪しまれることはないし、その行動がメロディの意識の変化に結びつくのなら必要な行為だったと割り切れる。


「建物は丸ごと建て替えられ、中身は上客を意識した成金趣味。父が大切にしていた誰にでも開かれた心休まる宿の面影はどこにもありませんでした。危うくその場で泣き崩れるところでした。フスクスの能力を使っていても、流石に泣き声がすれば悟られますから、それだけは必死に我慢して外へと出ました……」

「悲しみの他に、君はそこで一体何を感じた?」

「……怒りです」


 復讐心を宿した少女が選んだ言葉は殺意ではなく、怒りだった。この二つは近しいようで似て非なる感情だ。


「私は今まで、バンジャマンという個人に対する憎しみを募らせてきました。だけど今回、変わり果ててしまった大切な場所を見て、アンリさんが言っていたことの意味が少し理解出来たんです。誰かの大切な居場所を簡単に奪える。それが許されてしまう、バンジャマンの持つ権力に対する激しい怒りが湧いてきたんです。バンジャマンという個人を殺すことは容易い、だけどそれは権力に対する復讐にはならない。そういうことなんですよね?」


 アンリは無言で頷いた。感情的でありながらも、メロディはあの日のアンリの言葉をしっかりと覚えていた。それ咀嚼し、飲み込み、悩み、苦しみ、行動し、他人の言葉ではなく、自分の意志でその結論を導き出した。その意味は大きい。


「……正直言って、まだ完全に心の整理が出来たとはいえない。だけど少なくとも、アンリさんの作戦に参加している間は私は作戦遂行に専念します。アンリさんと一緒にあいつを追い詰めて、私から家族と大切な場所を奪ったあいつの権力を殺してやると、そう決めました。そこから先のことはまだ分かりませんが……」

「その決断を嬉しく思うよ。僕の目に狂いはなかった」


 アンリがメロディに手を差し伸べ、その手をメロディは握り返す。


「僕は君のことを大切な仲間だと思っているよ。ここだってもう君の居場所だ」

「私の居場所?」


「帰って来た僕に対して君は『おかえりなさい』と言い、僕は『ただいま』と返した。自然にそういうやり取りが出来る場所を居場所と言うのではないかな。大陸中を駆けまわり、標的に応じて拠点を変える仕事柄、定住場所が無いのが玉に瑕だけどね」


「今回の仕事が終わってからも、居場所にしていいの?」

「決めるのは君自身だ。少なくとも僕は大歓迎だよ」


 最愛の父を失って以来、誰も信じらずに路上で一人孤独に生きて来た。そんな自分に目の前の詐欺師は居場所を与えてくれた。誰よりも嘘つきなはずの詐欺師だけが世界に居場所を与えてくれる。そのことがメロディは嬉しかった。目に涙を浮かべながらも、必死に顔を背けて表情をアンリから表情を隠した。


「か、考えておきます」


 涙を浮かべながらもその声は、嬉しさから少しだけ上ずっていた。


「明日はバンジャマンの裏カジノ行くことになった。過去を思い出す辛い場所だとは思うけど、君にも力を貸してほしい」

「もちろんです。絶対にやり遂げて見せます」

「頼りにしているよ。メロディ」

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