第11話 真の復讐とは

「なるほど、バンジャマンを殺したい程憎むのも当然だね」

「分かってくれたならもう止めないで。私はバンジャマンを殺す」

「いいや、事情を知ったからこそ君はバンジャマンを殺すべきではない。君の能力を使えば殺すことは容易たやすかろう。だからといって、それが今である必要はない」

「どういう意味ですか?」


 思わぬ返答に、バンジャマンへの殺意を募らせていたメロディの方が毒気を抜かれてしまう。アンリは作戦に暴力を持ち込まないことをポリシーとしているが、決して平和主義者というわけではない。復讐心も殺意も彼は決して否定はしない。


「死の恐怖など一瞬だ。バンジャマンは長年強欲の限りを尽くして来た男。一瞬の死の恐怖に比べたら、人生は満たされた時間の方が圧倒的に長い。果たしてそれが本当に報い足り得るのか? 本気で復讐がしたいのなら、とことん絶望を味合わせた上で命を奪うべきだ。一度高みの景色を目の当たりにした者が失墜し、地位も名誉も全てを失う。これは耐え難い屈辱だ。奴は恐怖のどん底に突き落とされるはずだろう。そうして絶望して絶望して、その果てに命まで奪われる。その方がよっぽど報い足り得ると思わないか?」

「……全てを失った末に命まで奪われる」


 殺意を肯定してもらいたかったはずのメロディの方が、いつになく饒舌じょうぜつに語るアンリの迫力に気圧されていた。同時にその言葉に思うところがあったのも事実。メロディの父も全てを失った末に命まで奪われてしまった。父の味わった絶望を思えば、強欲の限りを尽くして来たバンジャマンを今の地位のまま殺してしまうことは、確かに惜しいことのように思えた。


「今君が感情的にバンジャマンを殺すことは、奴を失墜させる機会を失うことを意味している。僕たちの作戦も失敗する。いい事なんて何もない。それでもなお、君は今バンジャマンの首を取るかい?」

「……そんなこと、急に言われても」


「そうだね。突然こんなことを言われたら困惑してしまうのも無理はない。だが、人一人を殺すというのは大きな決断だ。感情に身を任せるという選択肢もあるし、僕が言ったようなとことん絶望させてやる選択肢もあるだろう。もちろん殺さないという選択肢もある。決断するのは君自身だ」


 そう言うと、アンリはメロディから短剣を取り上げずにそのまま彼女へと返した。


「これは君の所有物だ。僕がどうこうするつもりはない。君の胸の内を聞いてもなお、僕は計画を変更するつもりもない。このまま仲間と共にバンジャマンから大金を騙し取る計画を続けるつもりだし、必要な場面に差し掛かったら、予定通り君にも重要な役目をお願いするつもりだ。僕は君に期待している」


 諭すように肩に触れると、アンリはその場から立ち上がった。


「夜分に済まなかったね。長くなってしまったけど僕の話はここまでだ」


 何事もなかったかのようにアンリは部屋の扉に手をかけた。


「僕個人の感情としては、君のような女の子が人を殺す様はみたくないけどね」


 去り際にそう言い残し、アンリはメロディの部屋を後にした。


「……狡い言い方」


 一人部屋に残されたメロディは、鞘に入った短剣を抱え込むようにしてベッドの上で両膝を立てた。アンリはずっと冷静さを崩さなかったくせに、最後の最後に感情的な言葉を残していった。あんな言い方をされてしまえば、罪悪感を抱かずにはいられない。


 ※※※


「アンリってば本当に詐欺師だね。それでいて超がつくお人好し」


 アンリが地下室に戻ると、ネグリジェにカーディガンを羽織ったアデライドが待ち受けていた。円卓の上には酒のボトルと二人分のグラスが置かれている。


「聞いていたのかい?」

「聞かされたの間違いでしょう。私の部屋、メロディちゃんの真向かいだし」

「それもそうか」


 苦笑顔で肩を竦めると、アンリはアデライドの注いでくれたグラスに一杯口をつけた。


「結局、凶器は取り上げなかったんだ」

「ここで僕が取り上げたところで何の解決にもならないからね。重要なのはあの子自身の意思で決めることだ」

「優しいね。復讐心や殺意を肯定しながらも、そうならないように誘導してあげるなんて」


 真向からの否定が解決に繋がるとは限らない。だからこそアンリはあんに否定するのではなく、言葉巧みに、メロディが凶行に走るまでの時間に猶予を生み出した。メロディ元来の優しさを読み取っているからこそ、時間を置けば彼女は殺意を鞘に納めてくれると信じているのだ。


「誘導なんてしてないよ。決断するのはあの子自身なんだから」

「それこそが優しさじゃない。力づくで止められるのではなく、自分の意志で思い留まることが真の解決だってことでしょう」


 アデライドの指摘に対してアンリは何も言葉を返さなかった。普段は舌戦となれば、知識豊富で話術も巧みなアンリに分があるが、アデライドは時折アンリが言い返せないような核心を突くことがある。重要な場面ほどアデライドの勘は鋭い。


「仲間の過去を詮索しないことが暗黙の了解。これから私が言うのは独り言だから、何も答えなくてもいいよ」


 自分の分のグラスを飲み干してから、アデライドはアンリに背中を向ける形で立ち上がった。


「アンリがメロディちゃんの復讐心や殺意を肯定した言葉の数々、あれは理知的につづられた台詞じゃなくて、本心を感情的にさらけ出した叫びのように私には聞こえたわ」

「考えすぎだよ。僕は悪党から金を毟り取ることだけを考えているただの詐欺師さ」

「何も答えなくてもいいって言ったのに。サービス精神旺盛なんだから」

「君の前ではついね」

「あら、お上手ね」


 去り際に振り返って笑顔を浮かべると、アデライドは部屋に戻るべく地下室の階段を上っていった。

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