第9話 冒険者・サロメ・シャンデルナゴール

「戻りました」


 メロディが一番遅れて拠点の酒場へと戻った。

 関係性を疑われないために仲間たちはあえて時間をばらけさせて集合。フスクスの能力で存在感を消せるメロディはどのタイミングでも問題はなかったのだが、確実に尾行者のつかない存在を最後に到着させることは、安全面で大きな意味がある。


 会議室となっている地下にはすでにオーブリーとトマはもちろん、別の場所で着替えてから帰還したアンリとアデライドの姿もあった。そして四人の他に、メロディの見知らぬ女性がもう一人。


「そちらの方は?」


 女性の存在に気が付いたメロディがアンリに尋ねる。

 ショートの金髪と紅玉色の瞳が印象的な長身の美女で、白いブラウスと濃紺のロングスカートから覗く四肢は、筋肉質に引き締まっている。


「メロディはこれが初対面だったね。名前は何度か上がっていたと思うけど、彼女は冒険者のサロメ・シャンデルナゴールだ」

「あなたがメロディさんだね。紹介に預かったサロメ・シャンデルナゴールだ。どうぞよろしく」

「メロディ・ラパラです。こちらこそよろしくお願いします」


 サロメは笑顔でぐいぐいとメロディと距離を詰め握手を求めた。長身の迫力に気圧されながらもメロディも握手に応じる。喋り上手なアデライドとはまた違ったタイプの陽気な女性だ。


 衣服で隠しているがブラウスの胸元や、不意に袖から覗く腕には傷跡のようなものも見え、冒険者稼業の過酷さの一端が垣間見える。常に命の危険が伴う冒険者の第一線に立ち続ける身だ。陽気なぐらいでないと務まらないということなのかもしれない。


「メロディも到着したところで会議を始めようか。バンジャマンから想定外の要求が入ってね。少し計画を軌道修正する」


 アンリに促され、メロディとサロメも着席。六人で円卓を囲んだ。


「計画の流れそのものは悪くない。バンジャマンはモーリス・ダルシアスを侮ってはいるが、魔物の素材を取り扱う商人としての素性を疑ってはいない。関係性を築く上で貢物みつぎものは必須と考えていたが、バンジャマンという男は予想以上に強欲だった。事前にサロメに貴重な素材を調達しておいてもらったが、バンジャマンはそれ以上の要求を出して来た。バンジャマンはバルバ水晶をご所望だ」


「バルバ水晶ってなんですか?」


 メロディはもちろん、アンリの隣でバンジャマンの要求を聞いていたアデライドもそれが一体何なのかを理解はしていなかった。珍品中の珍品故に、その名前は決して一般的ではない。


かんびゃくりゅうアフタリチェトの顎下からのみ取れる特殊な水晶のことだよ。アフタリチェトは主に山岳地帯に生息する、二十メートル越えの巨体を持つ凶暴な竜だ。ギルドの依頼で例えるなら、一個体でAAランク。複数体の出現なら余裕でSランクは越えるな。戦闘能力はもちろんのこと、驚異的な再生能力で持久力にも富む。実力者であっても装備の方が先に限界を迎えてしまい、討伐しきれず逃走を許したなどという話も珍しくない。あらゆる意味で蒐集泣かせな魔物と言えるな」


 この場で最も魔物の情報に精通している冒険者のサロメが疑問に答えた。冒険者ギルドの掲示は魔物の危険性に関する啓発活動の意味も込めて、町の掲示板にも張り出され一般市民でも確認可能だ。そのため冒険者ギルドの定める依頼のランクは、一般市民にとっても魔物の驚異を測る上での一つの指標となる。


 AAランク、Sランクと言えば常時張り出されている依頼の中では事実上の最高峰。それ以上のランクとなれば国家レベルの非常事態に匹敵する。冠百竜アフタリチェトを討伐し、バルバ水晶を入手することは困難を極める。


「自信を失えば付け入られる。自信満々に一週間で調達してみせると宣言しておいた」

「そんな入手の難しい物を、一週間で用意出来るんですか?」

「一週間といったのは保険だよ。それよりも早く入手出来ればそれだけモーリス・ダルシアスの実力の証明になる」


 至って冷静なアンリはサロメへと視線を移した。


「サロメ、入手は可能かい?」

「余裕です」


 日常会話でもするかのように、あっさりと結論は出た。あまりにも淡々と話が決まっていく。


「バルバ水晶は、サロメにアフタリチェトを直接討伐して直接入手してもらう。幸いにも生息地の一つであるスペルビア山脈はメサージュからもそう遠くはない。輸送の問題もあるし、オーブリーもサロメに同行してもらいたい」

「了解だ。サロメがバルバ水晶を入手したら即行で大将の下に届けよう。早く提供すればするだけ、モーリス・ダルシアスの評価は上がる」


 怒涛の展開にメロディは目を回している。凶悪な竜を討伐しなくては手に入らない貴重なバルバ水晶。それをどうやって手に入れるのかではなく、話はすでにどれだけ早く入手できるかにシフトしている。メロディの中で、体感と話しの展開が上手くかみ合わない。


「あの、とても凶暴な竜を倒さないといけないんですよね? 失敗する可能性とかは無いんですか?」

「無い。初対面のメロディが不安に思う気持ちは理解出来るけど、サロメは君が想像している以上のやり手だ。アフタリチェト如きに遅れは取らない」


 アンリが確信を持って断言した。詐欺師という職業柄、予断を許すタイプには思えない。そんなアンリが無条件に信頼する程の強固な絆が、アンリとサロメの間には存在している。


「任せておきなさいメロディ。これでも瞬閃しゅんせんの通り名を持つ冒険者。この程度は朝飯前だ」


 サロメの自信もまた揺るぎない。その発言は楽観ではなく、確かな実力に裏打ちされた強固な自信だ。


「オーブリー殿。スペルビア山脈からメサージュまでのバルバ水晶の輸送にかかるおおよその時間は?」

「割れ物注意だが、二日あれば十分だ。完全な状態で届けてみせる」

「早いに越したことはないのだったな。ならば私は、一日でバルバ水晶を手に入れて見せよう」

「それは素晴らしい。移動や輸送時間を考慮しても、四日後にはメサージュにバルバ水晶を持ち込めるな」

「一週間必要と言ったところを実際には四日でか。バンジャマンに強い印象を与えるには十分だね。サロメ、オーブリー、早速頼めるかな」

「承知しました」

「任せておけ」


 決断から行動までは早かった。今夜中にメサージュを発つべく、サロメとオーブリーは早速、出立のための準備に取り掛かった。サロメに至ってはプラージュ到着からほんの数時間での再出発だ。詐欺を成功させるために全員が行動に迷いを持たない。ひとえにアンリの人徳がもたらす統率だ。


「トマさんは引き続き、デジレ・ジャガールの身辺調査をお願いします」

「承知した。任せておきなさい」


 アンリがバンジャマンと関係を築くのと並行し、トマはバンジャマンの側近の身辺調査を行ってきた。今後の活動のうえで、デジレ・ジャガールという人物を調べておくことには意義がある。


「アンリ、私達はどうするの?」

「バルバ水晶が届くまでの間、アデルと僕はダルシアス夫妻としての活動を送りつつ情報を収集する。形だけでも実績がないと不自然だからね」

「アンリさん、私は?」

「作戦に関しては今は待機だ。作戦に支障をきたさない範囲であれば自由に行動しても構わないよ。その代わり、バルバ水晶が手に入ってからは君にも一つ大きな仕事を頼みたいと思っている」

「大きな仕事ですか?」

「後々君には、ある情報を盗み出してもらいたいんだ」

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