第3話 信用詐欺

 バンジャマン・ラングランは、オルグイユ王国北部の地方都市、メサージュを拠点とする商人で、表向きは不動産業を生業とする地元の名士として通っている。


 しかしその裏では、法外な貸金業や裏カジノの運営に手を染め、莫大な財を築き上げているとされる。


 メサージュの町では、バンジャマンの裏稼業に関連した悪質な地上げ行為が横行しており、土地や仕事を追われ、一家離散や命を落とした者も少なくない。バンジャマンに対して反抗的だった住民が、数日後に変死体となって確認された事例も多数確認されている。


 王国法に触れる犯罪行為のオンパレードだが、バンジャマンは裏カジノの顧客に多数の貴族を抱えており、その権威によってバンジャマンの犯罪行為は黙認されている。


 近年はメサージュの領主、マルク・ドゥラランド卿が課した重税に耐え兼ね、生活苦からバンジャマンの貸金業を頼らざるえない者も少なくない。そうしてまたバンジャマンの毒牙にかかる人間が増えていく。一見すると平穏な地方都市に見えるメサージュであるが、住民は影の暴君とでも呼ぶべき、バンジャマンの存在に畏怖しながら日常生活を送っているのが現実だ。


「それで大将、どうやってバンジャマンを攻めるんだい?」

「時期も良いし、以前から温めていた火竜かりゅう鉱石こうせきの採掘権の儲け話を導入しよう。額も大きいし、今しか使えない方法だ」


「現在の相場なら、三十億パンタシアは下らないな。事前調査によるバンジャマンの総資産を考えればかなりの損失になるはずだ。バンジャマンの商売は地域で完結しているし、畑違いの鉱山採掘に関する知識は足りていない」


「最良の時期は?」


「一報が大陸中を駆けまわるのは、おおよそ四十日後といったところか。状況の変動には常に気を配っておく」


「撤収や事後工作も考慮すると、譲渡からしばらくはバンジャマンを泳がせておいた方がいい。実質的な作戦期間は一月といったところかな」


「俺は裏方だから問題無いが、大将やアデルの負担はでかいな。たった一月で十億パンタジアを動かすだけの信頼を得なければいけないわけか」


「そこは腕の見せ所と見栄を張っておく。オーブリーはいつでも採掘権の話を進められるように、準備を進めておいてくれ」

「了解だ。名義は?」

「モーリス・ダルシアス」

「その心は?」

「今適当に考えた」


 アンリがそう言った瞬間、アンリとオーブリーは破顔一笑した。


「さっきから飛び交う言葉は呪文か何かですか?」

「私も加入したての頃はまったく同じ事を思ったものよ。勝手に盛り上がる野郎共のやり取りについて、お姉さんが優しく解説してあげよう」


 話の流れについて行けずにメロディは目を点にしている。盛り上がっている男性陣に苦笑しながら、隣のアデライドが優しく補足してくれた。


「今回の作戦とは関係なく、以前から詐欺に利用しようと温めておいた手法があってね。期間限定の方法だから、せっかくならそれを利用しようという話。メロディちゃんは火竜鉱石って知ってる?」

「確か、燃焼させることで魔導エネルギーを生み出す魔鉱石の一種でしたっけ?」


 悠久の時を経て大地に蓄積されてきた魔力の一部は、魔鉱石という形で結晶化している。魔導研究が進んだ現代では、魔鉱石から発生した魔力を魔導エネルギーへと変換する技術が確立されており、魔導エネルギーを原動力とした機械――魔導まどう機工きこうや、都市部で普及している魔導式電灯などに利用されている。


 火竜鉱石はその中でも最もポピュラーな魔鉱石だったが、最盛期を過ぎ、現在では採掘量は減少傾向をたどっている。


「正解。エネルギー産業はお金になるからね。以前からオーブリーが所有していた火竜鉱石の採掘権を、妥当な金額でバンジャマンに譲渡するのが今回の計画」

「矛盾してませんか? エネルギー産業がお金になるなら、妥当な金額で売りつけてもバンジャマンの損になりませんよ」

「ところが、今は面白いことが起こっていてね」


 そう言って、アデライドは採掘権を所有しているオーブリーに目配せした。この辺りの事情は聞きかじりのアデライドよりも、本職の商人であるオーブリーの方が圧倒的に詳しい。


「近年、採掘量が減少傾向にある火竜鉱石に代わる、次世代の魔導エネルギー資源として、光竜こうりゅう鉱石こうせきと呼ばれる魔鉱石に注目が集まっている。火竜鉱石と比較して光竜聖鉱石は、同量で十倍近い魔導エネルギーを生産出来ることが確認されている完全な上位互換だ。難しい加工も必要なく、既存の設備で魔導エネルギーの精製が可能な点も高く評価されている」


「完全な上位互換となるエネルギー資源があることは分かりましたが、それがどうバンジャマンに繋がるんですか?」


「まだごく一部の人間しか知らない情報だが、数カ月前に大陸最大手の鉱山会社タイタンフォールが、膨大な埋蔵量を誇る光竜鉱石の鉱脈を、大陸の複数個所で発見した。これはエネルギー革命とでも呼ぶべき大発見だ。社会的混乱を最小限に抑えるために秘密裏に事が進んできたが、あと四十日もすれば大々的にそのニュースが大陸中を駈け廻り、世界中に光竜鉱石の流通が開始される。前述したように光竜鉱石は既存の設備で魔導エネルギーを生成可能だ。すぐにエネルギー資源の主役は入れ替わる。そうなればどうなる?」


「質で劣り、採掘量も減少を続ける火竜鉱石の価値が暴落するということですか?」


「大正解。俺らが妥当な金額で譲渡した採掘権は数日後には紙切れ同然だ。バンジャマンは大損する羽目になる。光竜鉱石の大量流通の話題は直ぐに大陸中を席巻する。資源価値の暴落を利用したこの信用詐欺は、まさに今この時期にしか使えない特殊な手段ってわけなのさ」


「大胆な方法ですね。本当に上手くいくんですか?」

「そこは大将の腕の見せ所さ。光竜鉱石の流通よりも前に、大将がバンジャマンに畑違いの採掘権の話を持ち掛け、金を奪い取れるかどうかの勝負になってくる」


 オーブリーの言葉には不安や気負いは一切感じられない。アンリならそのぐらいは涼しい顔でこなしてみせると、彼は長年の信頼関係で確信している。


「任せておけと言わせてもらおう。信用詐欺を仕掛けるにしても、先ずはバンジャマンに接近しなければ何も始まらない。トマさん、バンジャマンのプライベートに何か付け入れそうな隙はありますか?」


「そうだな。なかなか多趣味なようだが、飽きずに長年続けている趣味に、希少品の収集がある。中でも珍しい魔物の素材に目がないようで、悪行で稼いだ利益はコレクションの蒐集に使われているようだ」


「魔物の素材の熱心なコレクターか。それは好都合だ」


 追い風を感じたアンリは素早く何かを手帳に走り書き、そのページを破いてトマへ手渡した。


「トマさん。そこに記した素材が調達可能か、サロメに確認してもらえますか」

「承知。サロメのことだ、調達せずともこの程度の素材なら保有済みかもしれないな」


 預かったメモ書きを、トマは懐にしまった。


「アデルさん。サロメさんというのは?」


「凄腕の冒険者で私達の仲間の一人よ。一般に流通しないような希少な魔物の素材や、危険地帯でしか入手できない鉱物や植物といった特殊なアイテムの入手を担当してもらっているの。素封家には希少品に目がないコレクターが多いからね。こういった希少品は、懐に入り込むためのきっかけにしやすいのよ」


「サロメが手に入れてくる素材は、商人の俺でも滅多にお目にかかれない希少品ばかり。ギルドの高難度の依頼に出てくるような魔物の名前がズラリと並ぶ。そんなものを連絡一つで融通してもらえるんだから、大将とサロメの信頼関係には恐れ入るよ」


 アデライドとオーブリーの説明をメロディは唖然とした様子で聞いていた。ギルドの定める高難度の依頼がどれほど危険なものかは、一般人のメロディにも察しがつく。それを当たり前のようにこなししてしまう辺り、サロメという人物は相当な腕利きだ。アンリの仲間はどこまでも規格外の人材が揃っているようだ。


「大まかな流れは決まった。先ずは一芝居打って、商人を装った僕とバンジャマンの間に接点を作る。そこからはサロメに調達してもらう希少な素材を餌に、バンジャマンとの交流を深めていき、最終的には火竜鉱石の採掘権譲渡へと話しを持っていく。異論はないかな?」


 アデライド、オーブリー、トマの三人が無言で頷き、メロディもそれに習うように遅れて頷いた。


「アデルには今回も僕と共に標的に接触してもらう。今回は事業拡大のためにメサージュを訪れた商人モーリス・ダルシアスとその妻というていでいこう。妻としての偽名は自由に決めてくれて構わないよ」


「了解。夫婦設定は久しぶりだね。名前は何にしようかな」

「衣装や小物は、俺のセンスで適当に選んでおくよ」


 器材の調達を担当するオーブリーは作戦時の衣装担当を兼任している。商人としての世界中の流行に敏感なオーブリーはファッションセンスにも優れ、コーディネートであらゆるキャラクター性を表現することにも長けている。


「では私は、モーリス・ダルシアスの存在に説得力が出るよう、身分証や架空会社の用意を進めておくとしよう」


 詐欺を働く上で素性を怪しまれるリスクは常に存在する。標的が調査を開始した場合などに備えたリスク管理もトマの管轄かんかつだ。


「えっと、私は何をすればいいんですか?」


 何もかもが初めての経験のため、メロディは当然自分の役割など把握していない。不安気に伺いを立てた。


「初仕事として、メロディには僕とバンジャマンを繋ぐきっかけを作ってもらいたい」

「私はしがないスリ師です。アンリさんとバンジャマンを繋ぐなんて大役は務まりませんよ」


 当然そのようなコネクションは持っていないし、ましてや一から関係性を構築するような交渉術も演技力も持ち合わせていない。分不相応だと、メロディは大仰に首と両手を横に振った。


「言っただろう。君は慣れない演技をする必要なんてない。君は自分の出来ることをすればいい。これからプランを説明するよ」


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