第2話 頼もしき仲間たち

 町外れにひっそりと佇む酒場が、メサージュの町でのアンリの活動拠点だった。元は老齢の主人が一人で切り盛りしていたのだが、膝を悪くし王都の息子夫婦の元へ身を寄せることとなり、数カ月前に店じまい。空き物件となっていたところをアンリが購入した。

 町外れで人目が少なく、酒を保管していた地下倉庫が備え付けられており、大がかりな準備も秘密裏に行える。活動拠点としては好条件だ。


「建物丸ごと一軒買い取ったんですか?」

「その方が何かと好都合だからね。権利は僕のものだから、引き払う際には極論、建物ごと処分することも可能だ」

「スケールが大きすぎて訳がわかりません」

「僕たちはバンジャマンから大金を騙し取るんだよ。これぐらいは安い出費さ」


 酒場に通されたメロディは、淡々と語るアンリの横で苦笑いを浮かべるばかりだった。


「仲間に君を紹介しないとね」

「仲間? アンリさん一人じゃないんですか?」

「まさか、流石の僕だって一人でバンジャマンのような大商人に挑む度胸はないよ。仲間は地下にいるから、僕についてきて」


 手招きするアンリの背中を追いかけ、メロディは酒場のバックヤードから地下への階段を下っていった。


 地下室は備品の棚や酒樽などが全て片付けられ、中心に置かれた大きな円卓を取り囲む形で、作戦会議室として利用されている。今はアンリの仲間が三人、この場に顔を揃えていた。


「お帰りアンリ。ずいぶんと遅いお帰りじゃない」


 カジュアルドレスにショールを羽織った赤毛の女性が、片手を上げてアンリを迎えた。女性は髪をハーフアップにまとめ、ばっちりと化粧を決めている。右目の泣きぼくろが印象的で、大人の色香が漂っている。


「後ろの子は?」

「新しい仲間だよ。出先で偶然出会ってその場でスカウトしてきた」

「ずいぶんと急な話。アンリの判断だし異論はないけど」

「理解ある仲間を持てて、僕は幸せ者だな」


 女性を始め、アンリの仲間は一瞬驚きながらも、新たな仲間を加えることに反対はしなかった。詐欺という危ない橋を渡るにも関わらず、独断が許容されていることからも、アンリのリーダーとして相当信頼されている。


「彼女はメロディ。スリ師だ。中身が空だったとはいえ、この僕から財布を盗んでみせてね。それだけで実力は分かってもらえるだろう」

「大将から財布を盗むとは、可愛い顔をしてやるもんだ」


 キャスケット帽を被った青年が膝を叩いて笑った。他の二人の反応も似たり寄ったりで、アンリの不覚に笑いをこらえている。隙らしい隙が見当たらないアンリから一本取るのはそれだけで武勇伝。実力の証明には十分だ。


「メロディ・ラパラです。よ、よろしくお願いします」


 メロディは声を上ずらせながら、慣れない様子で一礼した。スリで慣らしているとはいえまだ十三歳の少女だ。度胸はあっても緊張はする。


「メンバーを紹介しよう。彼女はアデライド・デルヴァンクール。高貴な令嬢から素朴な村娘まで演じ抜く天性の女優だ。役割は作戦によって様々だけど、僕と一緒に表だって対象と接触する機会が多いかな」

「アデルと呼んで。よろしくね、メロディちゃん」

「よ、よろしくお願いします。アデルさん」


 アデライドはメロディを手招きして自分の隣に座らせた。男ばかりのむさ苦しい職場なので、可愛らしい少女の加入は、妹分が出来たようで大歓迎だった。


「美味しい焼き菓子があるの。食べるよね」

「お、お構いなく」


 世話好きな性格も手伝って、アデライドは返答も聞かぬままメロディの分のお茶とお菓子を取りに、地上階の酒場へ上がっていった。自分の番が終わったら、他のメンバーの紹介はどうでもいいようだ。アデライドのことは気にせず、アンリはそのまま仲間の紹介を続けた。


「キャスケット帽の彼はオーブリー・マルブランシュ。本業は商人で、大陸中に流通網を持っている。必要な資材の調達から、入手した宝石や希少品を売りさばくルートの確保に至るまで、彼には世話になりっぱなしだ。僕の大切なビジネスパートナーだよ」


「よろしく。大概の物は調達出来るから、必要な物があれば遠慮なく言いな」


 キャスケット帽を被り、セットアップのベストとパンツを身に着けたオーブリー・マルブランシュがニヒルな笑顔を浮かべた。先程の膝を叩く大仰なリアクションといい、とても表情豊かな男性だ。アンリに負けず劣らずの美形だが、言動や、シャツの胸元を開けさせた着こなしから、軟派な印象が強い。


 一方で堅気の商人でありながら大規模な詐欺に加担し、アンリに頼られる流通網を有する点からも、ただの伊達男でないことは明白。その振る舞いさえも、全てが計算されつくされているのかもしれない。


「最後そちらの紳士はトマ・バルバストル。諜報活動のプロで、人材の調達にも精通。情報収集はもちろん、作戦内容に応じた人員や物件の確保などを一任している。今回の拠点もトマさんが用意してくれたものだよ。複数個所で同時進行するような大がかりな作戦の際には、現場の指揮も任せている」

「トマ・バルバストルだ。以後お見知りおきを」


 トマは紳士的にメロディに一礼した。白髪交じりの黒髪をオールバックに流しており、年齢は五十歳前後といったところ。この中では最年長だ。品のある紳士という表現がぴったりで、自慢の長身でモーニングを違和感なく着こなしていた。アンリからの信頼は厚く、実質的なチームの副官的なポジションに位置している。


「滞在している仲間はこの三名だが、さらに一名が遅れてメサ―ジュ入りする予定だ。紹介は追々するとしよう。他にも、今回の作戦には不参加の仲間も各地に点在している。僕やアデライドは専業の詐欺師だけど、普段は堅気の仕事をしている仲間も多くてね」


「凄そうな人達ばかりですが、私みたいな人間が加わって大丈夫なんですか?」


 覚悟は決めたつもりだったが、いざ仲間を紹介されるとメロディは自分が場違いな人間のように思えて仕方がなかった。全員がプロフェッショナルであることは佇まい一つ見ても明らか。デュナミスを持っているとはいえ、自分のような一介のスリ師が釣り合うとは、とてもじゃないが思えなかった。


「君が思っている以上に、僕は君の技術と才能を評価している。当然不安は感じているだろうが、何も慣れない演技で敵を欺けなんて言うつもりはない。君は君の技術を生かしてくれればそれでいいんだ」


「信用の問題はどうなんですか? ずっと一緒に仕事をしてきた仲間と違って、私は今日出会ったばかりの赤の他人です」


「信頼とは一朝一夕では生まれない。信頼を築いていくのはこれからだ。だが、最低限の信用はしているつもりだよ。そうでなければ流石にいきなり拠点に連れて来やしないさ」

「信用?」

「今回の標的はバンジャマン・ラングランだ。君も色々と思うところがあるだろう」

「……まさか、知っていたの?」


「いいや、何も知らないよ。最初は君のスリの技術と存在感を消すデュナミスを評価してスカウトしただけのつもりだ。信用出来るかどうかはじっくり見定めるつもりだったが、バンジャマンの名前を聞いて、君は目の色を変えて即答した。それを見た瞬間、君の中にバンジャマンに対する復讐心が垣間見えた。そういう人間は信用できる。少なくともバンジャマンが標的である以上、君は僕を裏切らないと確信した」


「あの短いやり取りで、そんなことまで考えてたんですか?」

「詐欺師とは常に思考する生き物だからね。あえて尋ねるが、このまま君を信用し続けてもいいかな?」


 穏やかな笑みを浮かべたまま、アンリは確認してきた。自分を信頼出来るのかという問いに対し、その答えを自分で決めろと切り返す。空気はとっくにアンリに支配されていた。


「質問に質問で返されるとは思わなかったけど、悪い気はしません。お察しの通り私はバンジャマンに恨みがある。あいつに一矢報いてやれるなら、私は喜んで協力します」

「歓迎するよメロディ。晴れてこれで僕らは仲間だ」


 成り行きを静観していたオーブリーとトマの相好が崩れ、歓迎を祝すように拍手を送った。


「メロディちゃん。お茶と焼き菓子を持って来たよー」


 直前までの緊張感漂うやり取りを知る由もなく、アデライドがティーセットを持って地下室へと戻って来た。どことなく場違いな雰囲気を感じ取ったアデライドは途端に目をパチクリさせた。


「あれ、私何かタイミング間違えた?」

「いいや、むしろ最高のタイミングだよ。コメディ的な意味で」


 破顔したオーブリーに吊られ、それまでは緊張した面持ちだったメロディもこの日初めて笑顔を見せた。アデライドはそもそも、メロディの信用問題などまるで気にしていなかった。彼女は時に意図せず、天然で場の空気を明るくしてくれる。ムードメーカーとしても、チームに無くてはならない存在だ。


「さて、お茶菓子も届いたところで作戦会議を始めようか」


 アンリの合図で全員が円卓を囲んで着席。新参者のメロディはアンリとアデライドに挟まれる形で着席した。


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