3-19 執事長の話

 写真屋の一件から、さらに10日程が経過していた。


――午前8時


「マンマ、マンマ」


ジョナサンがスプーンを手にし、自分で離乳食を口に運ぼうとしている。


「まぁ! ジョナサン、すごいわ! もうスプーンで食べようとしているのね? あなたはお利口さんね」


ジェニファーは笑顔でジョナサンの頭を撫でる。


「きっと、ジェニファー様がジョナサン様を愛情一杯に育てているからではないですか?」


給仕をしながら様子を見ていたポリーがジェニファーに話しかけた。


「そうかしら……? だったら嬉しいけど」


「ええ、絶対そうに決まっています。ニコラス様もジョナサン様に再会されたとき、驚くはずです。そしてジェニファー様に感謝の気持ちを持たれると思います」


「ニコラスが……? そう言えば、この城に来てからそろそろ一ヶ月になる頃だわ。彼は元気にしているのかしら。何の連絡も無いけど……」


ただの一度もニコラスから連絡がないので、ジェニファーは不安だった。


(まさか……このままずっと、この城に残ることになるのかしら……?)


「大丈夫です。便りが無いのはむしろ元気な証拠なのではありませんか? 私はむしろそう思いますけど」


「そうよね、何かあれば便りが来るのは当然だものね」


ポリーの言葉にジェニファーは笑顔になる。


「その通りです。……ところで、最近シドさんの姿が見えませんね? 以前は良くこのお部屋にいらしたのに」


「ええ、そうなのよ。10日程前からあまりこの部屋に姿を見せなくなったの。きっと忙しいのでしょうね。彼はここの警備の仕事もしているから」


ジョナサンの世話を焼きながら話をするジェニファー。


「10日程前からですか……? あ!」


ポリーは首を傾げ……思い当たることがあり、声を上げてしまった。


「どうかしたの? ポリー」


ジェニファーは顔を上げた。


「い、いえ。何でもありません。あ……そ、そうでした。私、洗濯物を干してくる用事があったので一旦席を外しますね」


「私なら1人で大丈夫よ。だからポリーは自分の用事を済ませてきていいわよ」


「はい、ありがとうございます!」


ポリーは頭を下げると、慌てて部屋を後にした。



(どうしよう……! きっと私が余計なことを言ってしまったからシドさんが……! 申し訳なくて合わせる顔がないわ……!)


自分の浅はかな言葉を後悔しながら、ポリーは心の中でシドに詫びた――



****


――その頃。


シドは執事長の部屋に呼ばれていた。


「執事長、俺に何の用事ですか?」


「うむ。実はニコラス様から手紙で連絡があったのだ。仕事が大体片付いたので、近い内にこちらに来られるそうだ」


「え!? ニコラス様から手紙が届いたのですか!?」


シドは驚きで目を見開く。


「何を驚いているのだ? ニコラス様から手紙が届いたのは今回が初めてではないぞ? 電話もたまに入っていたしな」


「何ですって!? 電話も入っていたのですか? 何故、そのことをジェニファー様に黙っていたのです!?」


「それは、ニコラス様がそうおっしゃったからだ。 私は電話の度に、ジェニファー様にお繋ぎしなくてよいのですかと尋ねてきたのだ。しかしニコラス様は仰ったのだ。電話を取り次ぐ必要もないし、言う必要も無いと。私はその命令に従ったまで。お前に責められる言われは無いが?」


「! そ、それはその通りなのですが……」


シドは俯く。

執事長は少しの間、シドを見つめ……口を開いた。


「子供の頃から見てきたが……お前がそんなに感情的になるとは珍しいな」


「……そうでしょうか?」


子供の頃から一人前の騎士になる為、感情をあまり表に出さないようにシドは訓練を受けてきていたのだ。


「言っておくが、仮にもジェニファー様はニコラス様の妻なのだぞ?」


「!」


その言葉に、シドの肩がピクリと動く。


「自分の立場を考えるのだ。分かったな?」


「はい……」


唇を噛み締めて返事をするシド。


「用件はそれだけだ、もう下がって良いぞ」


「はい、失礼いたします」


一礼すると、シドは執事長の部屋を後にした。

自分の立場に苛立ちを感時ながら。


そして、その後……さらに状況がややこしい方向へと動いていく――










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