2−4 失望と戸惑い

「一体どういうことだ? 洗濯は自分でしているだと? それに今朝は何を食べたんだ?」


ニコラスは早口で尋ねた。


「食事はパンとスープでした。あ……! で、でもそれは私から言い出したことなので気になさらないで下さい!」


必死で首を振るジェニファー。


(今の話が使用人の耳に入れば、さらに自分の立場が悪くなってしまうわ……!)


「パンとスープだけだって!? 昨夜もそうだったじゃないか。そもそも、何故自分からそんな粗末な食事を言い出す必要がある? 洗濯の件といい、その乏しい身なりといい……一体どうなっているんだ!?」


ニコラスは苛立たしげに尋ねた。


「どうなっていると言われましても……」


どうすればよいか分からず、ジェニファーはうつむく。

ニコラスが部屋に来てくれたことは嬉しい限りだったが、質問に答えたことで怒らせてしまった。


(ニコラスは私のせいで怒っているわ……どうしよう、これでは自分の要求を伝えることが出来ない……)


「黙っていては分らないだろう? 俺は忙しいんだ。これから仕事で一ヶ月屋敷を留守にする。そのためにジョナサンの様子を見に来たと言うのに……」


「え? そ、そうだったのですか? だからこちらへいらしたのですか?」


「そうだ。それ以外に何がある?」


ニコラスは腕組みする。


「い、いえ。そうですよね。おっしゃるとおりです」


返事をしながらジェニファーは失望していた。

てっきり今後の話し合いの為にニコラスが訪ねてきたと思っていたからだ。


その時。


「遅くなって申し訳ございません! ジェニファー様!」


開け放たれた扉からポリーが部屋に飛び込んできた。


「ポリーさん!」


するとニコラスが振り向き、ポリーを見つめる。


「メイド……? 一体どうしたんだ?」


ニコラスの姿が一瞬目に入らなかったポリーは慌てて頭を下げた。


「あ! た、大変失礼いたしました! まさか旦那様がいらしているとは思わず……失礼をお許しください!」


「いや、いい。顔を上げろ、ここへは何をしに来たのだ?」


「はい……ジェニファー様のお手伝いに参りました」


ポリーは頭を下げたまま答える。


「え?」


その言葉にジェニファーは驚いた。まさかポリーが自分の手伝いを申し出てくれるとは思わなかったからだ。


「……そうか。なら頼んだぞ」


ニコラスはポリーに声をかけると、次にジェニファーに視線を移す。


「執事長には待遇を改善するように言い聞かせておく。ジョナサンの世話は任せたからな」


「はい」


ジェニファーの返事を聞くと、ニコラスは去っていった。


「ニコラス……」


その背中を寂しげに見つめるジェニファーには、ここの執事長がどれほど自分を目の敵にしているのかよく分かっていた。


きっと、自分の待遇は改善されることは無いだろうと。



「あの……ジェニファー様」


不意にポリーが声をかけてきた。


「あ、ごめんなさい。何でしょう?」


慌ててジェニファーは振り向いた。


「はい。ジェニファー様。お洗濯するものがあれば出して下さい。私がやってきますので」


「え? でも、そんなことをすれば……」


「今、旦那様が私におっしゃったではありませんか。頼んだぞって。なので私にお世話させて下さい。新米で頼りにならないかもしれませんが……」


そして戸惑うジェニファーにポリーは笑顔を向けるのだった――

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