2−3 驚きの光景

 ニコラスはジョナサンの部屋の前にやってくると、壁際にワゴンが置かれたワゴンを見つめた。


「ん? 一体これは何だ……?」


ワゴンの上には使用済みの1枚の皿に、スープ皿が乗せられている。


「ジョナサンの離乳食の皿か……? まだ片付けられていないのか?」


訝しげに思いながら、ニコラスは無言で扉を開けた。


――ガチャッ


すると驚きの光景を目にした。

ジェニファーがジョナサンをおんぶ紐で背負おうとしている最中だったからだ。


「おい! 一体何をしているんだ!」


「キャアッ!」


突然声をかけられ、ジェニファーは悲鳴を上げて振り向いた。


「あ……ニコラス様。お、おはようございます」


「ジョナサンに何をしようとしていたんだ!」


今までジョナサンがおんぶされている姿を見たことが無かったニコラスはズカズカと近づいてきた。


「あ、あの……ジョナサン様をおんぶして外に行こうとしていました」


ジェニファーはジョナサンを背中から下ろすと、抱き上げた。


「外に……? 散歩にでもいくつもりならベビーカーを使えばいいだろう?」


ベッドの傍らに置かれたベビーベッドを指さすニコラス。


「散歩に行くのではなく、今から外でお洗濯をしようと思っていたので……」


バツが悪そうに答えるジェニファー。


「洗濯? どういうことだ?」


状況が分らないニコラスは首を傾げる。


(まさか、こんな時にニコラスが部屋を訪ねてくるなんて……もうこうなったら正直に言うしか無いわね……)


ジェニファーは覚悟を決めた。


「洗濯をしに行こうと思っていました。ジョナサン様を一人にすることは出来ないので、おんぶしてお洗濯をしようと思って……」


「洗濯だって……? 何故君が洗濯をする必要がある? 洗濯ならメイドに任せればいいだろう? 君の役目は何だ? ジョナサンの世話をするのが役目だろう?」


本来であれば、ジェニファーがこの屋敷に招かれたのはニコラスの妻になるため。しかし、今は誰もがジョナサンの世話をするためにここへ来たのだと思いこんでいた。

ニコラスだけでなく、ジェニファー本人まで。


「ジョナサン様のお洗濯は着替えの用意は使用人の方達がお世話してくれます。その……洗濯をしようとしていたのは、私の……分なのです」


ニコラスの反応が怖く、最後の方は消え入りそうな声になってしまう。

一方、ニコラスは何のことか最初のうちは理解できなかった。しかしジェニファーの着ている服があまりにみすぼらしいことと、部屋の前に置かれたワゴンを思い出した。


「そういえば部屋の前に皿が乗ったワゴンが置かれていたが、あれは一体何だ?ジョナサンの離乳食か? おまけに、その乏しい服……君は仮にも俺の……」


ニコラスはそこまで口にし、気付いた。


(そうだ。ジェニファーはジェニーの遺言に従い、妻にするために呼んでいたのだ……なのにシッター扱いする言動をしてしまった……!)


一方のジェニファーはニコラスの心の内を知るはずもなく、質問に答えた。


「廊下に出しておいたワゴンは私の食事です。服は……このようなものしか持ち合わせがありませんので。見苦しい姿で、申し訳ありません」


今着ている服は、ジェニファーの所有する服の中でも比較的まともな外出着だった。乏しいブルック家では服を買うことなど贅沢なもの。近所から古着を貰っては、自分で手直しして着ていたのだから。


「な、何だと……?」


ジェニファーの言葉に、ニコラスが震えたのは……言うまでも無かった――

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