2−2 ジェニファーの頼み

「あの、どうかしましたか?」


ポリーの顔が青ざめたので、ジェニファーは驚いた。


「だ、だって……ジェニファー様はニコラス様と結婚されたのですよね? 侯爵夫人になられたのに、親切にしないで下さいなんて……」


「ありがとうございます。ポリーさんは優しい方なのですね」


ジェニファーは笑みを浮かべた。


「え……?」


「だから尚更迷惑をかけたくはありません。私なら大丈夫なので、せめてジョナサン様だけでも気にかけておいていただけますか? 一応執事長にはジョナサン様のことはお願いしてありますが、私はどうもこの屋敷の人たちには歓迎されていないようですので」


本当は歓迎されていないどころではない。自分は邪魔な人間と思われていることは感じていたが、メイドのポリーに告げるわけにはいかなかった。


「ジョナサン様のお世話ですか……?」


ジェニファーに問いかけ、ポリーはふと思った。


(ジョナサン様のお世話をすることは、ジェニファー様の助けに繋がるに違いないわ)


「分かりました。ジョナサン様の事はお任せ下さい」


「お願いします。お食事、届けてくださってありがとうございます」


ジェニファーはポリーに笑顔でお礼を述べる。


「いいえ、食べ終えた食器はワゴンに乗せて廊下に出しておいて下さい。後ほど回収に伺います。それでは失礼します」


ポリーはお辞儀をすると、足早に去っていった。


(早く仕事を終わらせて、ここに戻ってこなくちゃ!)


自分にそう言い聞かせながら。




――パタン


扉を閉じると、早速ジェニファーは朝食をとることにした。

黒パンにスープ……。ブルック家で食べていたのと殆ど大差ない料理。


「せめてニコラスからシッター代の賃金を貰えないかしら。そうすれば自分で食料を買えるし、仕送りも出来るのだけど。……でも、きっと無理よね。私からは彼に会いに行けるような立場にはないもの……」


ポツリと呟くと、ジェニファーは使用人以下の乏しい料理を口にした――



****



――午前10時



 ニコラスは外出の準備をしていた。今日から一ヶ月ほど、仕事関係で近隣諸国に足を運ばなければならないからだ。

本当はもっと以前から行かなければならなかったのだが、ジョナサンのことが気がかりで先延ばしにしていたのだ。


「ニコラス様。本当に本日から行かれるのですね?」


執事長のモーリスが尋ねてきた。


「ああ、ジョナサンを置いていくわけにはいかなかったからな。だがジェニファーが責任を持ってジョナサンの世話をすると言い出したのだから、まかせておけばいいだろう」


「……随分信頼されているのですね?」


問いかけるモーリスの声は何処か冷たい。


「ジェニーが許しを請いながらも、後妻にジェニファーを指名してきたのだ。事情はどうあれ、信頼はしていたのだろう。それに子育てには慣れているからな」


「なるほど。それではこのまま出発されるのでしょうか?」


「いや。一度ジョナサンの様子を見に行こう。何しろ、これから一ヶ月以上は会えなくなるからな」


ニコラスは腕時計をはめると、モーリスに声をかけた。


「では、これからジョナサンの様子を見てくる。馬車まで荷物を運んでおいてくれ」


「はい、承知いたしました」


無表情で返事をするモーリスを残し、ニコラスはジョナサンの元へ向った――

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