2−1 新生活の始まり
――翌朝5時
「う〜ん……よく寝たわ……」
ベビーベッドの隣に置かれたベッドで目覚めたジェニファーは、早速ジョナサンの様子を見た。
するとベッドの上では気持ちよさそうに眠っているジョナサンの姿がある。子供……特に赤児が大好きなジェニファーの顔に笑みが浮かぶ。
「ふふふ……本当になんて可愛いのかしら。金色の髪はジェニーに似たのね」
ジェニファーの髪も見事なブロンドだったが、ジェニーの姿を思い出し……そっと髪に触れた。
(そうよ。私はこの屋敷では全く歓迎されていないけれど、それでもジョナサンのシッターとして必要とされているのだから。ジェニーの忘れ形見を私が責任を持って育てるのよ。そしていつか私の手が必要とされなくなったとき、離婚届にサインして皆の願い通りにここを去れば良いのだから)
ジェニファーは既に、心の中でいつでもここを去る覚悟ができていたのだ。
「さて、ジョナサンが目を覚ます前にやるべきことを終わらせなくちゃ」
早速ジェニファーは朝の支度に取り掛かった――
****
――午前7時
「あの、本当にこの食事を届ければ良いのですか?」
ジェニファーの食事を届ける係を言い渡されたメイドが、メイド長のバーサに尋ねた。彼女は今年メイドとして採用されたばかりで、ジェニーに会ったことは一度も無かった。
「ええ、そうよ。執事長モーリスからそう言われているからね」
バーサは新人メイドをジロリとみた。
彼女はテイラー侯爵家で勤めて30年の大ベテランのメイドで、モーリスとは同期仲間に当たる関係だ。
「そ、そうですか……分かりました」
色々バーサに尋ねたいことはあったけれども、新人メイドには当然尋ねることなど出来るはずもない。そこでメイド長から指示された食事をトレーに乗せるとジョナサンの部屋へ向った。
「はぁ……本当にこんな食事を奥様に届けるのかしら……」
食事が乗ったワゴンを押して廊下を歩きながら新人メイドのポリーはため息をついた。
皿の上に乗っている料理は自分たちが普段食べているよりもずっと乏しい料理だった。
黒パンに申し訳ない程度に野菜が浮かんだスープ。ただそれだけだ。
(こんな乏しい料理を出すなんて……まるで使用人以下の扱いだわ。ジェニファー様はニコラ様のもとに嫁がれた方だと言うのに何故冷遇されるのかしら。これでは今に栄養失調になってしまうわ。だけど、新人メイドの私が口出しすることなんて出来ないし……)
ポリーは申し訳ない気持ちでいっぱいのままジョナサンの部屋に到着した。
「……ジェニファー様……この食事をみたら、きっと驚くでしょうね……」
一度深呼吸すると、ポリーは部屋の扉をノックした。
――コンコン
すると……。
「はい」
すぐに扉が開かれ、ジェニファーが現れた。
「あの、ジェニファー様にお食事を届けに来たのですが……お部屋にいらっしゃいますか?」
ジェニファーに会うのが初めてだったポリーは眼の前に現れたのは使用人だと思い、声をかけた。
「はい、私がジェニファーです。お食事を届けてくださったのですね? どうもありがとうございます」
「え!? あ、あなたがジェニファー様ですか!?」
笑顔で返事をするジェニファーの姿にポリーは驚いた。
(そんな! てっきり私達と同じ使用人だとばかり思っていたわ……!)
何故ならそれほどまでにジェニファーの来ている服はみすぼらしかったからだ。
「あ……そうですよね? こんな格好をしていては驚きますよね……」
羞恥でジェニファーは顔を赤らめる。
「い、いえ! 奥様とは思わず、大変失礼いたしました!」
ポリーは慌てて謝罪した。
「そんな謝らないで下さい。それに私は奥様等と呼ばれる立場にはありません。どうジェニファーと呼んで下さい」
「ジェニファー様……ですか?」
「はい、そうです。あなたのお名前も教えていただけますか?」
「はい! 私はポリーと申します。どうぞよろしくお願いいたします! それで、奥様……こちらのお食事ですが、何か手違が会ったかもしれません。もう一度食事の内容を確認してきましょうか?」
するとその言葉にジェニファーは首を振った。
「いえ、これで大丈夫。間違いありません。ありがとうございます。それで、
あの……ポリーさん」
「は、はい。何でしょうか?」
食事の内容があっているという話に驚きながら、ポリーは返事をした。
「どうか私に親切にしないで下さい。ポリーさんに迷惑をかけたくはありませんので」
「え……」
その言葉に、ポリーは青ざめた――
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