1−23 腹黒い執事
――22時
ジェニファーは一泣いてぐずっていたジョナサンを寝かせつけると、そっと自分の部屋へ向った。
持参してきたボストンバッグを持って、再び部屋に戻ろうとした時。
「ジェニファー様ではありませんか。何をしていらしたのですか?」
声をかけられ、振り向くと執事のモーリスがいた。
「はい、ジョナサン様のお部屋に自分の荷物を運ぶところです」
「何故、そのような真似を?」
ジェニファーを信用していないモーリスは冷たい声で尋ねる。
「私はジョナサン様のシッターですから、同じ部屋で暮らすためです」
「何ですって? 同じ部屋にですか?」
モーリスの反応を否定的なものと、捉えたジェニファーは慌てて取り繕った。
「あの、ニコラス様の許可は頂いておりますから大丈夫です」
「そうですか。ニコラス様が……」
少しオドオドしている様子のジェニファーをモーリスはじっと見つめる。
初めて会った時もそうだが、モーリスの目に映るジェニファーは性悪には見えなかった。
(いや、見た目だけで判断してはならない。そうでなければフォルクマン伯爵があのように憎しみをぶつけるはず無いし、ジェニー様があんなに怯えるはずは無いのだから)
「あの、そう言えばジルダさんはどうしたのでしょうか?」
ジェニファーは最初に自分の専属メイドとして挨拶してきたジルダを思い出し、尋ねた。
「ジルダなら、部屋に戻って休んでおりますが……何か彼女に用事でも言いつけるおつもりですか? もう勤務時間外なので呼ぶことは出来ませんよ?」
「い、いえ。そうではありません。あの……私、身の回りのことは自分で出来るので専属メイドは大丈夫ですと伝えていただこうと思いまして。私のような者に、メイドは贅沢ですので……」
この屋敷で自分が歓迎されていないことに既に気付いてしまったジェニファーは、これ以上厄介者扱いされて周囲から疎まれたくは無かったのだ。
その言葉にモーリスは目を見開く。
「つまり、自分にはメイドは必要ないということですか?」
「はい。あ、でもジョナサン様のお着替えやシーツなどのお洗濯までは手が回らないと思うので、そこだけはお願いできますか?」
「なるほど……つまり、ジェニファー様の洗濯はしなくて良いということですね?」
「はい、そうです」
コクリとジェニファーは頷いた。
どのみち、自分が持ってきた衣類はみすぼらしくて洗濯など到底頼めるはずも無かった。
そんなジェニファーに不審な目を向けるモーリス。
(一体何を考えているのだ? だが、本人がメイド等必要ではないと言ったのだからな……)
「承知いたしました。では、ジョナサン様の手伝い以外は不用ということで承りましょう。なら食事はどうなさるおつもりですか?」
「そ、それは……」
その言葉にジェニファーの顔がカッと熱くなる。
「申し訳ございませんが……食事だけは用意していただけないでしょうか? せめてパンとスープだけでも出していただければ十分ですので」
(私が厨房に入れば、周りから非難の目を向けられるに違いないわ……)
そんな状況で食材を分けてもらい、料理を作るなど流石のジェニファーでも出来そうになかった。
「では、厨房には一日3度の食事をこちらまで運ばせるよう伝えておきましょう」
「ご親切にありがとうございます」
モーリスの言葉に笑顔でジェニファーはお礼を述べる。
「……では。これで失礼いたします」
それだけ告げると、モーリスは足早にその場を後にした。
(一体どういうつもりだ……? 猫を被って、我々をたぶらかすつもりだろうか? だが、そうはいくものか。あの者がどれだけジェニー様を苦しめてきたのか我らが知らないとでも思っているに違いない。いいだろう、だったらその強気な態度がいつまで持つか試させてもらうぞ)
不敵に笑うモーリス。
勿論、執事長の目論見をジェニファーは知る由も無かった。
そして……使用人の行動を執事長に一任したニコラスも――
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