1−22 憎む理由

 ニコラスは苛立ちながら、書斎へ戻ってくると乱暴に椅子に座ってため息をついた。


「……くそっ! 何故なんだ……」


自分で何故こんなにジェニファーに対して苛立っているのかは分かっていた。それは……。


「何だって、あんなにもジェニーと似ているんだ……ジェニーは、もう10年以上ジェニファーとは会っていないと言っていたのに……」


ニコラスは書斎机に飾ってあるジェニーの写真を見つめた。

そこに映るジェニーは本当にジェニファーによく似ていた。顔立ちも、髪の長さも……まるで双子のように。


「ジェニー……」


ジェニーの映る写真立てを手に取ると、ニコラスはそっと撫でた。


「何故……君はジェニファーを自分が死んだ後に後妻にしてくれと遺言を残したんだ……あんなに君を苦しめてきた相手だと言うのに……」


そのとき。


――コンコン


部屋の扉がノックされ、執事のモーリスが声をかけてきた。


『ニコラス様、お呼びでしょうか?』


「ああ、入ってくれ」


ニコラスは部屋に戻る前に使用人たちにモーリスを書斎に呼ぶように伝えておいたのだ。


「失礼いたします」


扉が開かれ、モーリスが部屋に現れると早速ニコラスは問い詰めた。


「メイド長についてだが、一体どういうことだ? ジェニファーの食事が用意されていなかったのだぞ? 俺が命じてようやく食事が届けられたが、パンとスープのみだった。それは全てメイド長の指示だったと使用人たちが話していた。ここは侯爵家だぞ? このようなことが世間の耳にでも入ればどうなると思っている? 明朝、この部屋に来るようメイド長によく言って聞かせておけ!」


モーリスはニコラスの言葉を顔色一つ変えずに聞き終えると、質問をしてきた。


「メイド長をどうなさるおつもりですか?」


「そんなのは決まっている。事と次第によってはクビだ。何しろ、メイド長は責務を放棄したのだからな。それどころか、使用人たちを丸め込んだのだ。その責任は重い。加担した使用人たちも全員処分の対象だ」


するとモーリスは眉をひそめた。


「本気でおっしゃっておられるのですか? 我々がどのような感情をジェニファー様に抱いているのか、ニコラス様が一番お分かりのはずではありませんか? ただでさえジェニー様は身体の弱い方でしたが、寿命を縮めてしまった原因はジェニファー様ではありませんか。いくらジェニー様の遺言とは言え、屋敷の使用人たちは全員彼女がこの屋敷を出ていくことを望んでいます」


ジェニーはこの屋敷中、全ての者たちから愛されていた。当然、執事のモーリスもジェニーを大切に思っていた。

ニコラスはモーリスの態度に気付いた。


「モーリス……まさか、お前がメイド長に命じたのか? ジェニファーを冷遇するようにと……」


「……ほんの少しですよ。ジェニファー様に自分の立場を分からせるためです。何しろあの方は我々がどのような気持ちを抱いているか、全く気付いてもいないようですから」


その言葉に、ニコラスはカッとなった。


「何故、独断でそんなマネをした! 俺は一度もそんなこと命じてはいないぞ!」


あまりの言葉にニコラスはモーリスを怒鳴りつけた。


「何故ですか? ニコラス様。ジェニー様が早死してしまったのはジェニファー様のせいではありませんか。どうせジェニー様を脅迫して、ニコラス様の後妻になるように遺言状を書かせたに決まっています」


「だが、ジェニファーは否定していたぞ?」


「やましいことを否定するのは当然ではありませんか。おかわいそうに……ジェニー様が常にジェニファー様の影に怯えていたのは使用人全員が知っていることです」


「それくらいのこと、俺だって知っている。何より一番近くでジェニーの事を見ていたからな」


ニコラスはポツリと呟き……亡き妻のことを思い出した。



ようやく見つけた初恋の女性、ジェニー。

半年の婚約期間を経て、結婚したというのにジェニーは物思いにふけることが多くなった。

部屋に一人閉じこもり、「ごめんなさい、ジェニファー」と泣いている姿を何度も目撃している。


夢の中でもジェニーは苦しんでいた。

毎晩のようにうなされ、涙を流しながらジェニファーの名前を口にし、許しを請う姿は見ていて痛々しかった。


いくらジェニファーのことを問い詰めても、ジェニーは決して口を割ることはなかった。ただ分かったのは同じ年の従姉妹というだけ。

そこでフォルクマン伯爵に尋ねたところ、ジェニファーの悪評を知ることになったのだ。


ジェニーはジェニファーのせいで死にかけたのだと。


そしてジェニーは出産後……死の間際までジェニファーの名前を口にしていた。


『ごめんなさい……ジェニファー……どうか私を許して……』


と――

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