1-2 ジェニファーの現状

 荷馬車の上でジェニファーとダンは話をしていた。


「全く、おふくろはジェニファーを働かせ過ぎだ。家事だってやらせた上に、外でも働かせているんだから。そのくせ、自分は一切仕事をしない。実の母親ながら、本当に嫌になるよ」


「いいのよ、ダン。叔母様がブルック家に保護者としてあの家に来てくれなければ、私は施設に送られていたかもしれないのだから」


「だけど、その分働かされ続けてきたじゃないか。今だって……そんなに……」


ダンはジェニファーのアカギレだらけの手元を見て、悔しそうに唇を噛む


「でも今はダンもサーシャも、ニックだって手伝ってくれているから大分楽になれたわよ? 本当に助かっているわ」


「その分子守も増えたじゃないか」


アンは今から8年前に双子の男の子を出産していた。今ではその少年たちの面倒までジェニファーが見ていたのだ。


「だけど、もう2人も8歳よ。大分家のことも手伝えるような年齢になったわ。最近は洗濯物を畳んだり、洗った食器を拭くお手伝いまでしてくれるのよ」


「……まぁ、ジェニファーがそれでもいいなら、俺は構わないけど……」


「まさか、ダン。結婚しないのはそれが理由なの?」


「え!? な、何だよ。突然」


結婚の話が再び出てきたので、ダンの顔が赤くなる。


「ブルック家のことが心配で結婚できないなら気にしなくていいわよ。サーシャだって一人前に家事が出来るし、ニックは薪割りも出来るようになったわ。だからダンは家の事は気にせずに、好きな女性がいるなら結婚して家を出てもいいのよ? それともあの家で一緒に暮らすなら私は大歓迎だから」


「ち、違うっ! 大体、俺の好きな相手は……!」


そこでダンは言葉を切り、赤い顔のままジェニファーを見つめる。


「ダン? どうしたの?」


「あ……い、いや。何でもない。そんなことより、ジェニファーはどうなんだ? もう22歳だろう? 誰か結婚相手とか……好きな男とか、いないのかよ?」


「好きな男の人……」


その言葉にジェニファーはポツリと呟き、ほんの一時、楽しい日々を一緒に過ごしたニコラスの姿が脳裏に浮かび……消えた。


「何だ? その反応……もしかして、本当に好きな男がいるのか?」


「好きな人なんていないわ。それに私はね、ダンやサーシャの結婚相手を見届ける義務があるのだから」


「何だよ? それ。でも……俺が結婚しない限り、ジェニファーはずっとあの家にいるってことだろう?」


「ええ、そうなるわね」


「そっか……分かったよ」


ジェニファーの言葉に笑顔になるダン。


その後も2人は荷馬車の上でたわいない話を続けた――



****



「どうもありがとう、結局職場まで送って貰ってしまったわね」


保育園の前で荷馬車を降りたジェニファーはお礼を述べた。


「そんなこと気にするなって。別に急いで配達しなければいけないわけでもないんだから。だけど……悪いな。帰りは迎えに来れないんだ」


申し訳なさそうにダンが謝る。


「迎えなんていいのよ。だって、普段から歩いて仕事に通っているんだから。それじゃ、ダン。仕事に戻って」


「ああ、それじゃあな。仕事頑張れよ」


「ええ、ダンもね」


2人は手を振り、ダンを乗せた荷馬車が去っていく。


「……さて、子供達が待っているわ」


ジェニファーは保育園の扉を開けた――



****



 保育園でのジェニファーの仕事は保育士の手伝いだった。


ミルクをあげたり、オムツを交換したり……ときには寝かせつけなど多岐に渡っていた。

けれどジェニファーは子供の頃から乳児の世話をしていたので、手慣れたものだった。


「本当にジェニファーさんが手伝ってくれて助かるわ」


「いっそ、本当に保育園の先生になったらどうかしら?」


お昼寝時間に入り、静かになった教室で2人の保育士がジェニファーに話しかけてきた。


「そんな、私には無理ですよ。学校も出ていませんし……それに、ピアノも弾けませんから」


散らかった積み木を箱にしまいながらジェニファーが答える。


「そうなの? でも、学校を出ていなくても……何なら私から園長先生に話してもいいわよ?」


「いいえ、本当にお気持ちだけで大丈夫です。それに……私、家の仕事もしなくてはならないので、あまり長い時間働けないんです」


そう言って、ジェニファーは寂しげに笑った――




――午後4時半


保育園の手伝いの仕事が終わり、ジェニファーは家に帰ってくると中に入る前に、外に設けてある郵便ポストを覗き込んだ。


「あ、今日は手紙が入っているわ」


蓋を開けて中身を取り出すと、差出人の書かれていない封筒だった。


「……誰からかしら?」


宛先人はジェニファー・ブルックと書かれている。


「私宛……?」


ジェニファーは周囲をキョロキョロ見渡し、早速その場で開封した。

手紙は全て叔母のアンがチェックする。何となく、この手紙は叔母の目に触れさせたくは無かったのだ。


ジェニファーは手紙を見て、衝撃を受けた。


『拝啓、ジェニファー・ブルック様。この度私、ジェニー・フォルクマンは、ニコラス・テイラー様と結婚いたしました』


手紙には、たったそれだけが記されていた――

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