第2部 1-1 大人になったジェニファー
傷ついた心のままジェニファーがフォルクマン伯爵家を追い出され、早いもので12年の歳月が流れていた。
22歳になったジェニファーは、それは美しい女性へと成長していた。
長く伸びたプラチナブロンドの髪に、宝石のような緑の瞳は誰もが振り返る程で近隣の村々にもその美しさは知れ渡っていた。
本来であれば、とっくに嫁いでも良い年齢に達してはいたものの、ジェニファーは未だに縁談とは程遠い生活を送っていた――
――午前10時
「それじゃ、叔母様。仕事に行ってきます」
外出準備を終えたジェニファーは、リビングでお茶を飲んでいた叔母に声をかけた。
「別に仕事に行くのは構わないけどね、ジェニファー。家事は終わらせてあるのかしら?」
「はい。もう洗濯は終わらせてありますし、料理は鍋に出来上がってるので温めれば食べられるようになっています」
「そう。それで仕事は何時までだっけ?」
「16時までです……」
本当は家計の為には、もっと長時間働く必要があった。しかし、それをアンが許さない。
何故なら未だに家事仕事をジェニファーに任せきりで、自分は何もしないからであった。
それでも今はダンにサーシャ。それにまだ少年ながらもニックが家事を手伝ってくれるので大分ジェニファーの負担は減っていた。
そのため、外で働く余裕も少しは出来るようになっていたのだ。
「全く……フォルクマン伯爵家で、あんたがヘマしなければ今頃あの家から援助をしてもらえてこんなに貧しい生活をしないで済んだって言うのに……!」
アンは苛立ちを見せながら、お茶を口にする。
「……申し訳ございません。叔母様……」
12年経った今でも、アンはジェニファーが追い返されたことを口にする。その話をされる度に、彼女の胸は酷く傷んだ。
ジェニファーはフォルクマン伯爵が渡してきた手紙の内容を知らない。しかし手紙を読んだ叔母は怒りを顕にし、長時間の汽車の度で疲れ切っていたジェニファーを酷く叱りつけた。
それだけに限らず、納屋に閉じ込めて一晩放置したのであった。
翌朝ジェニファーは子どもたちの手によって助け出されたのだが、叔母から「あんたのせいで伯爵が激怒して、もう援助してもらえなくなった」と怒鳴られたのだった……。
(でも皆から憎まれても当然だわ、だって私は具合の悪いジェニーを見捨てて遊びに行ってしまったのだから)
ジェニファーは今も酷く自分のことを責めていた。
ため息をつくと、古びた扉を開けてジェニファーは外に出てきた。
今、ジェニファーは町にある保育園で臨時の手伝いをしていた。あくまで臨時の手伝いということで、微々たるお金しか貰えなかったけれども働かないよりはマシだった。
それほど、ブルック家の生活は困窮していたのだった。
町までは徒歩で片道20分かかる。
(今日は叔母様に捕まってしまったから、少し遅れてしまったわ。急がないと)
肩からショルダーバッグを下げたジェニファーは急ぎ足で足場の悪い道を歩いていると、背後からガラガラと荷馬車の音が聞こえてきた。
「ジェニファーッ! 待ってくれ!」
名前を呼ばれて振り向くと、荷馬車に乗ったダンが追いかけてきていた。
足を止めて待っていると荷馬車が眼の前で止まった。
「ダン、どうしたの? 配達の仕事をしていたのじゃなかったの?」
「そうだよ。今から町に配達に行くんだ。だから途中まで乗せていってやるよ」
「本当? 助かるわ」
「それじゃ、早く乗れよ」
ダンが手を差し出してきたので掴まると、力強く引き上げられた。
「ありがとう、ダン。すっかり大人になったのね」
ダンの隣に座ると、ジェニファーは笑顔で話しかけた。
「当然だろう? いつまでも子供扱いするなよ。大体、俺はもう20歳だぞ」
手綱を握りしめながらダンが不貞腐れたように唇を尖らせる。
「確かにそうよね……。そろそろ結婚を考える齢になったわね。誰かいい人はいないの?」
「え!? な、何言ってるんだよ! ジェニファー! 結婚なんて……」
ダンの顔が真っ赤になる。
「だって、もう同級生の何人かは結婚しているでしょう? 好きな人はいないの?」
「……好きな人なら……いる」
小さく呟くと、チラリとジェニファーを見つめるダン。
「本当? 相手は誰? 私の知っている人?」
「な、何でそんなことジェニファーに言わなくちゃならないんだよ! そっちこそいないのかよ? 結婚する相手」
途端にジェニファーの顔が曇る。
「ええ……いないわ」
「そうなのか?」
ダンは知らないが……ブルック家ではジェニファーが結婚出来ない理由があった――
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