3−26 別れの言葉

 帰りは、行きと違って雲泥の差があった。


駅までの馬車は粗末な荷馬車だった。

乗った汽車は普通車両で、横になることすら出来なかった。そこでジェニファーは椅子の上に身体を縮こませて眠りに就いた。


大の大人でも悲鳴を上げたくなるような過酷な環境で、ジェニファーの付き添いをしている使用人も、より一層陰鬱な表情で汽車に乗っていた。


まだ10歳の少女にとっては、辛い旅となったがこれは当然のことだと思っていた。


(私はジェニーの体調が悪いのに、ニコラスと町に遊びに行ってしまったわ。そのせいでジェニーは死にかけてしまった……これは当然の罰なのよ)


ジェニファーは自分にそう、言い聞かせていた。


実際はニコラスの写真を欲しがるジェニーのわがままで、ジェニファーは町に出掛けた。だが、罪悪感に苛まされているジェニファーは全て自分のせいだと責めていたのだ。

何故ならあの屋敷には、幼い少女を守ってくれるような人物が誰一人としていなかったからだ。

ジェニファーの周囲は敵しかいない。だから自分は罪人だと思いこんでしまっていたのだ。


ガタガタ揺れの激しい汽車の中でジェニファーは夢を見ていた。

夢の中では誰もが激しくジェニファーを怒る。そして青白い顔のジェニーは恨めしそうな目で自分を睨みつけていた。


「……ジェニー……ごめんなさい……」


ジェニファーは泣きながら寝言を呟くも……哀れな少女を優しく抱き寄せて慰めてくれる相手はどこにもいなかった――



****


――汽車を乗り継いで3日後



ジェニファーは使用人と共に生まれ故郷『キリコ』に帰ってきた。


汽車を降りると、陰鬱な顔の使用人は口を開いた。


「俺の役目は、お前の住む町まで送り届けることだ。ここから先は1人で帰れるだろう? 何しろ旦那さまからたっぷりお小遣いを貰っていたのだからな」

 

「……」


その言葉に何も言えないままうつむいていると使用人は舌打ちし、ジェニファーに手紙を押し付けてきた。


「手紙……?」


顔を上げて使用人の顔をジェニファーは見上げた。


「旦那様からの手紙だ。お前の強欲な叔父夫婦あてにな。ちゃんと渡しておけ」


それだけ告げると、使用人は背を向けて再び駅舎に向って歩き始めた。


「あ、あの!」


その背中にジェニファーは声をかけると使用人は振り向いた。


「何だ?」


「ここまで、送ってくれて……ありがとうございました……」


必死の思いでジェニファーは礼を述べる。


「……ふん。もう二度と会うこともあるまい。旦那様もそうおっしゃっていたしな」


そして再び背を向けると、今度こそ駅舎に入って行った。


「もう二度と……」


去っていく使用人の背中を見つめながらジェニファーはポツリと呟く。


(私……もう二度とジェニーにも、伯爵様にも会えないのね。それにニコラスとシドにも……)


再びジェニファーの目に涙が滲んでくる。


「さようなら……ジェニー」


溢れる涙を拭うと、ジェニファーは2つのトランクケースを引きずりながら歩き出した。

意地悪な叔母と叔父が待つ家に。


その後……。


ジェニファーの言葉通り、ジェニーと再会することは二度と無いまま時は流れた――

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